ジャスティスへのレクイエム(第2部)
売買は別にして、教授とニコライの努力はこれで結ばれたことがハッキリとした。単体実験での結果がそのまま実践でも現れたのだ。シュルツの方としても、想像通りの結果になったことは嬉しく思えたが、この兵器をいかに使用するかという課題やそれにまつわる課題がこれからのしかかってくることを覚悟しなければならなかった。
最初に実験で使用された時に破壊された戦闘機は、公開されることはなかった。すみやかに残骸は回収され、パラシュートで脱出した乗組員も捕虜としてではなく、合法的に相手国へ送還された。
「感謝の意を表します」
として、相手国もその気持ちを真摯に受け止め、そのことがきっかけで戦争は終結へと向かったので、結局は新兵器が相手の戦意をくじくという主旨からかけ離れた結果ではあったが、戦争終結に向かったことは皮肉なことだった。
「回収された残骸を、研究されましたか?」
ニコライは、司令官に聞いてみた。
「ええ、研究機関に回して残骸ができた時の話もしましたが、そこから導き出されるものは何もないとして残骸を研究したようです。でも結局何も分からなかったということでした」
という話を聞いて、ニコライは納得した。
「我々は、それも知りたかったんですよ。相手国に研究されて簡単に看破されるような兵器では、中途半端ですからね。私たちの本当の目的は、相手国の戦意をくじくというところにあるんです。だから、いくら研究しても無駄だと相手に思わせて、こちらの科学力に底知れぬ恐怖を植え付けたい。これが狙いでもあるんです。そういう意味では今回の実験は大成功でした」
というと、司令官はニコライの表情を読み取ることはできないと確信した。
――この男、何を考えているのか、何段階も考えが層をなしているようだ――
と感じていた。
シュルツは、ニコライに輪をかけて、相手に心を読まれない性格だった。国会閣議には参加できなかったが、内閣の閣僚会議に出席するだけで十分だった。内閣の中にはシュルツのウワサを聞いている人もいて、
「彼は百戦錬磨の大将よりも敵に回すと厄介だと言われていましてね」
と他の閣僚に話をしていたくらいだ。
「なるほど、見ていれば分かります」
とどうやら内閣閣僚の間では、彼は伝説のようになっていたようだ。
「シュルツ長官とは以前、WPCの会議でお会いしたことがあってね」
と、元外務大臣がそう言って話に割り込んできた。
「どんな方なんですか?」
「彼はアクアフリーズ王国では、先代の国王の時代から仕えていたので、王族に対しての忠誠は半端ではなかったよ。だから今のチャーリア国の大総統であるチャールズ氏にも並々ならぬ忠誠心があってね。今の時代にはそぐわない体制なのだろうが、その忠誠心は頭が下がる思いだよ。この国にも一人くらいは彼のような人がいてくれればいいんだけどね」
と言っていた。
「でも、忠誠を誓うなんて本当にかつての大戦以前の考えですよ。ナンセンスですね」
と言われても、
「そうかな? 国を憂うる気持ちは、昔の方が強かった。クーデターもその気持ちからで、今のように自分がのし上がろうとしてのクーデターではなかったからね。この国も昔はそうだったんだよ。大戦が終わって、強大国が植民地競争をやめたことで、国家に対しての気持ちも次第に個人主義に変わっていってしまった。個人主義が悪いというわけではないんだが、挙国一氏hが必要な時があるのに、個人主義ばかりでは本当に国を守れるのかが疑問だね」
「そうですか?」
「そうだよ。だから、国防を兵器に頼ろうとしてしまう。やはり国というのは人があっての国なんだ。逆に人だって国がなければ人ではないと思わないと、国を守ってはいけない。そういう意味では前回のWPCの会議でシュルツ氏が面白いことを言っていた。戦略的にはやはり専守防衛が一番だってね。今そのことを思い出して、なるほどと感じているよ」
「この研究のミソは、核兵器を核兵器の副産物を同時に消しながら、核兵器だと相手に思わせることなく相手の戦意をくじくというものなんだ。だから環境にも優しい。これこそ究極の核開発と言えるのではないかと思います」
ということで、その時その場にいた人たちは納得したのだった。
この国がいずれアレキサンダー国に侵攻されることがあったが、簡単に撃退したというニュースが世界各国に広がった。軍事力から言えば圧倒的にアレキサンダー国の方が上なのに、どうして撃退することができたのか、世界に衝撃が走った。
侵攻をやめた理由についてもアレキサンダー国は何も言わない。ただ、
「侵攻を断念した」
という談話を発表しただけで、談話を発表することが自分たちの正義であるかのように装っていたが、実際には違うことを全世界では分かっていた。ただ、撤退させた直接的な理由が分からなかっただけである。
その本当の理由を知っている人はごくわずかで、当のアレキサンダー国も、
「まるでキツネにつままれたようだ」
と、真相は闇の中だった。
チャールズとシュルツ、そしてニコライは素直に喜んでいたが、教授だけは平然としていた。その様子がニコライには少し気になっていた。
「核開発なんて、どんなにきれいごとを言っても、しょせんは欺瞞でしかないんだ」
と教授は一人ごちていたのだ。
母国の思惑
チャーリア国からの核兵器は、結局他の国に輸出されることはなかった。一度輸出された兵器も一度アレキサンダー国を撃退するのに使われただけで、二度と使われることはなかった。
「これでよかったんだ」
と教授とニコライは感じていたが、同じことをシュルツも感じていた。
チャールズはすでに核開発に興味を失っていて、その存在すら忘れかけていたほどである。
それは幸いだった。シュルツも核開発にあれほど時間を費やしたのがまるで無駄ではなかったかと思うほどで、その理由は懸念していたアレキサンダー国からの侵略が途絶えたからだった。
最初の第一次戦争から十年近くが経とうとしていた。
チャーリア国の母国であるアクアフリーズ国は、完全にアレキサンダー国の属国になってしまい、独立国の体裁ではあったが、宗主国との従属関係は、かつての植民地と同じであった。
今の時代に植民地時代を覚えている人はおらず、歴史上の事実として一世を風靡した時代だったということを学校で習う程度だった。現在の政治において植民地時代の影はなく、国際社会からも忘れられていた。
かつての植民地はかの世界大戦終了後に、ことごとく独立を達成していく。もちろん平和の下の独立ではなく、独立戦争を経ての独立だった。民族独立の旗印、結局は血を流すのは一平卒であったり、一般市民だったりするのは、どの時代も同じだということだ。
かつてのアクアフリーズ王国も植民地をいくつか経営していた。その時代の列強において行かれないようにしないといけなかったのは、時代が弱肉強食の時代で、
「こちらがやらなければ、やられてしまう」
という発想に基づくものだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次