ジャスティスへのレクイエム(第2部)
なるほど、十分もすれば、マックスまで振り切れていた計器が次第に低い数値を示すようになり、中心の警告レベルを下回った。
「これが今日最大のテーマである核エネルギーの消滅になります。そしてもう一つの重要天ですが、戦意を喪失させる効果も見ていただきましょう」
そう言って、二人はシュルツを実験現場へと招いた。
危険と書かれたランプは消えていた。
――確か、最初は点灯していたよな――
とシュルツは思った。点灯していることを最初に確認したのは、自分が危険というワードに敏感だったからだろう。
「迂闊に入っても大丈夫なのか?」
と、先を進む二人に声を掛けた。
大丈夫なのは最初から分かっているつもりだったが、念のために聞いたのだ。
「大丈夫です。計器が安全を示しています」
いたって落ち着いている二人を見て、もはや疑う必要はない、シュルツは二人にしたがった。
内部は空気が違っていた。密閉された空間なので、少しは違うだろうとシュルツも感じていたが、破壊による焼け焦げたような臭いではなく、薬品のような臭いだった。
「こちらをご覧ください。これがこの兵器の本当の効果になります」
と言われて、破壊されたはずの部分を見て、
「うーん」
と頷いていた。
それは感動によるものというよりも、何かを考え込んでいるというもので、これは最初の感動を踏まえたうえで見た結果になるのではないだろうか。シュルツは実際実験に際して、効果に対しての報告書に目を通していた。その通りの結果が目の前に出ているので第閃光なのは分かっているが、それを分かったうえで考え込んでいるというのは、
「何をそんなに考えることがあるのか?」
と、教授とニコライ二人同時に感じさせるものだった。
そこには政府の首脳としての立場と、研究員としての立場の違いが現れているということを三人とも分かっていた。
「核兵器と言っているけど、この効果は核によるものなんですか?」
とシュルツはニコライに聞いた。
「核だけによるものではありません。この効果に対しても核は導入部でしかないんです。ただこれがこの兵器の最大の秘密であり、看過されてはいけないところなんです。あくまでも核は起爆剤として使われるだけだと相手に思わせることが大切で、そのために、最初の十分は核エネルギーを放出する必要があるんです」
「ということは、十分よりも少ない時間で、核エネルギーを消すことができると?」
「ええ、可能です。十分間持たせるという方が、はるかに難しかったくらいですからね」
「こんな兵器が開発されるなんて、本当にびっくりですよね。他の国ではありえないことなんでしょうね」
「いいえ、核を同じように最小限の効力で最大の効果を上げるために使おうという理論は存在しています。ただ、そのやり方に各国バラバラで、こればかりは技術協力を仰ぐわけにもいきませんからね」
国際的には、核というのは、
「作らず、保管せず、持ち込まない」
という三変速が存在している。
ここ十数年の間で、これが国際法として確立されてからは、ほとんどの国が条約を結び、批准していた。
ただ、実際に保有している国は軍縮の観点から減らしてはいくが、実際に製造された核兵器を破棄することは困難を極める。核廃棄物の問題を含めて、核兵器をこの世からなくすことは、実際上不可能なことだった。
保有国は使わないのはもちろんのこと、保管には細心の注意を計り、隣国に迷惑をかけないようにしなければいけない。現在の国際社会は核兵器を持っているだけで犯罪者扱いされるのだった。
ただ、それはあくまでも核兵器を爆弾として使用する場合である。
核爆弾は、一つの地域を廃墟にして、人ひとり生き残さないほどの破壊力を有しているだけではなく、その放射能の影響は、周辺に拡散し、広大な範囲で生物の生息を不可能にする。核戦争が人類滅亡を意味するというのは、そういうことであったのだ。
たった一発で一つの小さな国を破壊するくらいの破壊力を有しているのに、世界の保有する核兵器は、数千と言われている。すべてを使用すれば、地球がいくつあれば足りるのか、想像を絶することだろう。
核戦争の脅威は、最大だったのはすでに五十年くらい前のことだった。あれからかなりの時間が経っていて、世界の情勢もかなり変わって行った。一触即発の政治体制も崩壊し、微妙なところでの探り合いの時代に入っていた。
「今なら、うちの国も台頭できる」
として、急に核開発を進める国もあった。
さすがに国際社会の非難を浴び、国際的に孤立し、経済制裁のために国民は困窮している事実もある。
「あいつら強大国は持っているのに、どうして我々発展途上の国が国防のために持ってはいけないのか?」
という言い分だったが、
「それは時代にそぐわないもので、時間を逆行しているにすぎない。悪いことは言わないので、矛を収めてほしい」
というWPCの言い分を、発展途上の国は、
「強大国の陰謀だ」
として跳ね除けた。
現代でも核にまつわる紛争は絶えない。各国で、
「持ってしまった爆弾をどのように保持していくか?」
という大きな課題に直面しているのと並行して進められる発展途上国の核開発。そこにどんなゴールがあるというのか、シュルツは疑問だった。
だが、そんな彼がいくら効果は最小限とはいえ核に手を染めるのか? それはやはり最後には恒久平和を目指しているからではないだろうか。
核と平和という問題に対しては、いろいろな学者が世界的に研究を重ねている。その中で、
「核を持つことが平和につながる」
という考えをいまだに持っている人は本当に少ない。
そのうちのほとんどは旧態依然とした、
「核の中での平和」
という理想を掲げていて、理路整然とした説明は困難で、学者によっては、宗教かかったことを書く人もいた。
「核というものが社会現象であるなら、それは神がもたらした人類への挑戦」
として、核戦争を本当に回避することができれば恒久平和が訪れるというもので、そこに核の保有は関係ないという考え方だ。
だが、少数ではあるが、核というものを放射能と切り離して研究を続ければ、平和利用のように戦争を終わらせる力になると考えている人もいた。それは抑止力という目に見えないものではなく、あくまでも核を使うことで得られる結果であった。その少数派の中にニコライや教授がいるのだ。
彼らは国際的に交流もしていた。研究結果を相手に教えるような愚は侵さないが、お互いに尊厳しあって、それぞれの研究を叱咤激励するくらいの気持ちでいた。
ニコライと教授が核の新しい利用法を開発したということは、交流のある人たちには言葉では伝えていないが、どうやら以心伝心で分かっているようだ。
「私たちも後に続かないとな」
と言ってメールの返信をしてくるくらいだからである。
彼らには、いくら最小限の力で最大の効果を上げる核開発に成功したとしても、すぐに戦争が終わるとは思っていない。戦意を喪失させると言っても、そう簡単に終わらせるわけにはいかないのが軍部の考えだ。
「戦争は始めるよりも、終わらせる方が難しい」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次