短編集57(過去作品)
彼女を作ったとしても、いつも考えているのはまみのこと、むしろ彼女の後ろには絶えずまみがあって、まみの成長した雰囲気を追いかけているといっても過言ではない。そんな自分をいじらしく思うようになると、彼女にもそれが分かるようで、あえなく別れを迎えることが多かった。それはそれで仕方がないことだと割り切っていた。
後から考えると、そんな自分が羨ましくなる。せっかくできた彼女に悪いことをしているはずなのに、なぜか罪悪感がないのだ。
――お互いに楽しめた時期があった――
それは付き合っていた時間がお互いにもったいないものだと思えないほどであった。
まみは敏行を兄のように慕っている。兄のように慕われてしまっては複雑な気分に陥る敏行であったが、彼女に対して邪な感情を抱かないのは、時々見せる笑顔と清楚な表情のギャップによるものだと思っていた。
「私これでもモテるのよ」
とほのめかしていたが、本心はどこにあるのだろう。男として敏行を見ていないからだろうか、それとも女として見てほしいという願望があるにもかかわらず、怖いと思っているからだろうか。きっとどちらもかも知れない。
どちらも相反する考えのようだが、実は繋がっているように思える。男として見ていない相手を見ていると、相手が自分をどのように見ているかということが分かってくるからではないだろうか。もし、相手が自分を女として見ていないと思えば癪に障るし、さらに見てほしいと感じるはずだ。敏行に対して癪に障るという感情はないかも知れないが、どこか物足りなさが憤りに変わることだってありえることである。
そんな二人の関係をまみの友達は分かっているようだ。
「どういう人なの? まみの彼は」
「彼って誰のこと?」
「ほら、いつもお兄ちゃんみたいな人って言ってるでしょう?」
「ああ」
と言ってまみは敏行のことを思い浮かべるが、なぜか表情が浮かんでこない。男性として見ようとすると、イメージが湧かないようだった。
それでもまみは敏行のことを友達によく話していた。彼氏だと思われたとしても仕方がないことである。
「今は年の差なんて関係ないわよ」
と友達は言うが、まみもあまり意識していない。むしろ敏行が年齢差を気にしていることが分かるようで、遠慮しているのだ。
まみが考えているほどに敏行は年齢差を感じていない。意識していないと言いながら年齢差を感じているのはまみの方であった。
敏行は自分がまみの年の頃のことは思い出せるし、中学生を学生時代に意識したこともあったくらいだが、女子中学生にとって大人の男性、大人の世界はまったく未知の世界。想像するのは実に困難だ。
想像できたとしても、錯覚だと思うだろう。夢の中でOLになった自分が敏行とデートしているところを想像したこともあったが、夢の中でOLをしていても、中学生だという意識が離れない。その証拠に夢から覚めてすぐに、
「夢だったんだ」
と感じることができるからで、自分が中学生だという意識がなければ、すぐに夢だったことを認識できるはずなどないだろう。
友達はそんなまみを知っているにもかかわらず、彼氏候補を紹介していた。
「いいよ、別に」
口で断っても、
「いいから、いいから」
と押し切られると、紹介を受けてしまう。
いつも敏行ばかりを意識しているから、紹介された男の子を最初は新鮮に感じるが、次第に子供っぽく感じられる。そんな子供っぽい相手と一緒にいる自分まで子供のようにも思えてきて、不思議な感覚に陥ってしまう。そのたびに、
――敏行さんほど、男性を感じる人はいないんだ――
と感じるのだった。
まみも、敏行も、お互いに友達から彼や彼女を紹介されても長続きしない。しかも紹介されれば漏らさずにお互いが話をしていた。
「今度また彼氏を紹介してくれるんだって。もういいのにね」
「そうなんだ」
複雑な心境に陥る。相手に黙っていることができないので話をしているのに、言われれば、
――どうしてそんな話を自分にするんだ――
と一瞬考え込んでしまう。
気がつけば月日の経つのは早いもの、一日がどんなに波乱に満ちていても同じ一日だと感じるようになれば、月日の流れはあっという間だった。
それを感じているのは敏行だった。まみは自分が二十歳になった時のことを敏行が考えていることを知らないからだ。
「成人式ってあるけど、二十歳って通過点に過ぎないのかも知れないわね」
成人式が近づくにつれて、まみが口走るようになった。それを聞いて敏行は、
――自分の考えを見透かされているのかな――
と思ったが、さすがに思い過ごしであった。しかし、それを聞くたびに、
――まみは、僕を男として見れる年齢になってきたんだ――
と実感するようになり、胸の鼓動を抑えることができなくなってきた。
薄暗い公園のベンチ、あたりの家から明かりが漏れてきて、公園内の街灯の明かりが次第に目立つようになってくる。
足元から伸びる影が蛸足のように何本にも放射状に広がっているのが見えると、静寂のためか耳鳴りが聞こえてくるようだ。
すぐ目の前には線路があって、通過する列車の音が激しい。車窓から漏れる明かりを目で追ってしまうのは、見られているという意識が強いからであろうか。
きっと、格子掛かった明かりが二人を照らしているに違いない。公園のベンチにアベックとして座っている敏行とまみ、まみはまだ二十歳になったばかりなのに、敏行はすでに四十歳になっている。親子と言ってもいいくらいの年齢差だ。
しかし、それほど年齢の差を二人とも感じていない。敏行はまみを意識するようになってから、年を取っていないような気がしていた。実際にまわりからも、
「いつまでも若いですよね。三十歳そこそこにしか見えませんよ」
と言われていた。
皮肉なもので、まみを意識するようになってから、女性から言い寄られることも時々あった。さすがに悪い気がするわけもないので、最初はいい雰囲気になることもあったが、少し仲良くなると頭をまみがよぎるのか、
「あなたは他の女性を見ているのよ」
とすっかり相手に見透かされてしまう。見透かされてしまっては、さすがに男としてのプライドも許さず、すぐに会うこともなくなってしまう。きっと相手の女性はそれを何かのコンプレックスだと思ったに違いない。
「何か気持ち悪いわ」
これが離れていく女性が最後に口走る共通の捨てゼリフであった。
公園のベンチをいつも思い浮かべていた。それが夢となって現れることも何度もあった。成人式の日、敏行はまみと二人だけのお祝いを催す。
ワインを呑みながらの夜景の綺麗なホテルのレストランでのパスタディナー、二人が憧れていたものでもあった。特に二十歳になって一気に大人の雰囲気を醸し出し始めたまみにはお似合いであった。
ドレスを着たまみの姿、それはまさしく夢にまで見た姿そっくりであった。ここまで妄想が現実になると気持ち悪いほどで、公園のベンチでのあどけない表情がその裏に隠れているのは分かっていた。
それからはすべて予定通り、どこにもぎこちなさはなく、「儀式」も滞りなく済んだ。
「後悔していないかい?」
「ええ」
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次