短編集57(過去作品)
中学時代にはセーラー服が似合っていた。高校生になればブレザーに胸の前でのリボンが似合うだろう。ソックスは紺色のハイソックス。想像している自分が恥ずかしくなってくる。だが、相手がまみであれば嫌らしさがないのは不思議だった。
――以前から思い描いていた女性のような気がする――
中学高校と男子校に通っていた敏行は、制服にコンプレックスを持っていた。それを誰にも話せずにいた学生時代。だが、風俗に通うようになって、それも悪いことではないと知る。世の中にはたくさんそういう人がいることを知って、集団意識を感じるようになったのだ。
だが、元々集団意識が大嫌いであったのは敏行である。
通っていた高校から大学にはたくさん友達が入学してきた。大学の付属高校だったからである。他の高校から来た連中から見れば、あまり気持ちのいいものではないはずだ。
高校時代もあまり友達が多くなかった敏行には、真面目な連中がまわりにいるだけだった。真面目な連中というのは、結構自分の世界を作り、集団で行動するのを嫌っている。
気持ちはよく分かる。集団の中に入ってあまり目立つことができないでいる連中は、自分が表にいて、まったく集団から離れることで自分を目立たせようと思っているのだ。決して目立っているわけではないのに、人と違うことで自分を納得させている。敏行も同じ穴のむじなである。
集団意識から離れると、集団の中にいる連中の好みが分かってくる。どうしてもミーハーになりがちで、そんな連中とは違ったものを好みにしたいと思うものである。
「玄人受けするもの」
それがミーハーに対抗するものである。
清楚なあどけなさの残る女性というと、ミーハーとはかけ離れている。自分から表に出ようとせず、なるべく静かに佇んでいる姿は、見る人にとっては、これ以上目立つ存在ではないだろう。
――競争相手は多いはずだ――
敏行と同じような考えの連中は結構いるはずだ。その証拠に、以前好きになった女性は自分で感じるところの、
「玄人好み」
だったはずなのに、なぜかファンが多かった。
しかも彼女は、敏行たち真面目な連中には目もくれず、見るからにミーハーな男性に惹かれて行った。後から聞いた話では、半年もしないうちにすっかりと雰囲気が変わってしまい、遊びまくっている女性になってしまったということだった。
「引っかかった相手が悪い男だったんだな」
というのが一般的な意見だったが、敏行の中ではそれだけでは済まされない。
――男にとっての女性が何であるかと同様に、女性にとって男性が何であるかを問う問題なのかも知れないな――
と考えるようになっていた。
まみの方はといえば、彼氏を絶対に作ろうとしなかった。
「まみ、あんた可愛いんだから、彼氏くらいいるだろう?」
と友達に聞かれても、
「そんなことないわよ。なかなかできないのよ」
と言っていたが、実際は違った。まみは自分から彼氏を作らないばかりか、自分に言い寄ってくる男性をうまくはぐらかして、彼氏を作らないようにしていたのだ。
それを友達は最初の頃知らなかった。まみも決して話そうとはしなかったからである。しかし、
「何かおかしいわね」
とまわりが感じるようになってから、次第にハッキリとしてくるようになった。
まみに言い寄る男性はひっきりなしであった。清楚な雰囲気にあどけなさが残るエッセンスは男性にとってたまらないフェロモンを醸し出している。
決してあどけなさの中に清楚な雰囲気があるのではないからだ。そのことをまみも自覚しているようで、言い寄ってくる男性に対して、何とか波を荒立てないようにしていたのであった。
敏行は最初からそのことに気付いていた。女性同士だからすぐに分かることもあれば、男性の目から見る方が分かることもある。特にまみに対して普通とは違う視線を浴びせている敏行にはすぐに分かった。
――違う視線――
それは、眩しさをいっぱいに浴びているように、眼を細めながら浴びせる視線である。眼を細めているのでしっかりと焦点が定まって見えている。しかも、実際に眩しいわけではないので、少し暗く感じるが、暗い部分に潜んでいる影を見つめることができるのだった。
そんなまみを敏行は手放したくなかった。しかし、あどけなさの残る少女に手を出すことは敏行のモラルに反することで、何よりも、自分の中で後悔したくなかった。手を出してしまって、自らでまみを壊してしまうことを怖がっているのである。
かといって、いずれ他の男性に壊されてしまうのはもっと怖い。ずっと自分のそばに置いておいて、自分好みの女性にしてしまう方がいいと考えるようになっていた。
しかし、それもあくまで自然な成長を続けるまみの妨げにならないようにである。下手にいじくると、自分の理想が分からなくなる恐れがあるからである。今のまみをどこかに記憶できるのであれば比較対象になるが、自らがいじくってしまうと比較になるものを見失ってしまう。それが一番恐ろしいのだ。
――まみはきっと、僕の考えるような女性に成長するだろう――
どこからそんな自信が湧いてくるのか、根拠はまったくなかった。それでも空想と虚空を見つめるような感覚で、まみを見つけていくことに決めた。
――二十歳になるまで待とう――
その時になれば、きっと自分好みの女性になっていることを敏行は感じたのだ。
まみは、そんな敏行の気持ちをそれほど分かっていただろう。
彼女が彼氏を作らない理由――
それは、敏行のことを心から慕っているからだ。
目を見ればどんな女性であるか、大体分かってきた敏行だったが、まみに関して言えば、最初から分かったわけではなかった。きつそうな眼をしていて、無口なところがあるので、清楚な雰囲気だけを感じていたが、話をしてみると表情に時々表れるあどけなさを感じるようになり、まみを手放したくなくなった。そこがまみの魅力だった。
最初から分かっていればどうだろう? これほどまみを意識することもなかったに違いない。今まで一目惚れをしなかったのは、自分が想像したとおりの女性ばかりが自分のまわりにいたからなのかも知れない。敏行にとってまみという女性の出現は、まさしく青天の霹靂であり、自分を再度見つめなおすために必要な女性でもあった。
まみが二十歳になる頃には敏行は四十歳近くになっている。
――ひょっとしたら、結婚しているかも知れないな――
結婚してしまったらまみに手を出せなくなってしまう。それは敏行にも分かっているので、結婚をなるべく考えないようにしていた。
結婚を考えないが、彼女を作ろうという思いは薄れてはいなかった。出会った女性とすぐに仲良くなるのは敏行の性格の賜物なのか、特に三十歳を過ぎたあたりからうまくなったように思えた。
――まみと知り合ってからかも知れないな――
きっと眼からウロコが落ちたのかも知れない。自分にとってまみという女性が自分で考えているよりもさらに強い印象の中にいることを示している。
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次