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短編集57(過去作品)

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 自分が大人で相手は子供だという意識でいないと、自分を見失ってしまう。相手は成長期で、自分はすでに大人になっている。大人になった自分が時代を遡るのだから、それだけ意識が虚空を掴もうとしているに違いない。どうしても、考えようとしていることを否定してしまう自分の存在を無視することはできないだろう。
 まみは、友達にもなついていた。それはお兄さんという意識でなついているようだが、どうも同じなついている態度にしても、敏行には違う視線を送っている。
――男性として、見ているのかなー―
 と思ってしまうと、敏行も相手の視線を無視できなくなってしまう。
「敏行にいさん」
 と口では言っているが、その言葉は友達に対しての声とかなり違う。
 声のトーンが少し低いのだ。
 男性として意識することで緊張しているのか、恥ずかしさを隠すためにわざと声のトーンを変えているのとは明らかに違っていた。
 まみは普段、ロマンチックな性格であった。
「少女の心をいつまでも持ち続けていそうな女の子」
 というイメージが強く残っている。実際に、ポエムを書いたりするのが好きで、よくメモ帳を持ち歩いては、思いつくたびに書いていた。
 清楚なイメージに、あどけなさ。敏行にとって今までに見たこともないほどだった。それというのも彼女が敏行を意識していたから気がついたのかも知れない。相手のことを思う余りにあいての気持ちに気付かないということだってあるだろう。
 今までにも気になる女性がいるにはいた。しかし、
――こんなに綺麗な女性が自分を好きになるはずなどない――
 という思いが強く、相手の気持ちを考えることすらしなかった。
 その点、風俗の女性は違った。どんなに綺麗であっても、どんなに高嶺の花に見えてもちゃんと相手をしてくれる。お金を払っているのだから当然であるが、そんなことは敏行に関係なかった。
 だが、それはちゃんとした恋愛ではない。分かりすぎるくらい分かりきっていることではあるが、それでも現実逃避だとは思わなかった。
――割り切っているんだ――
 割り切っている気持ちが現実逃避だといわれるかも知れないが、決してそうではない。恋愛だって、いくら好き合っていても、いずれどこかで別れが来ると思っている。
「恋愛と結婚相手では違うんだ」
 と結婚した同僚から聞かされたが、
「どういうことだい?」
「結婚する相手というのは、きっと運命で決まっているんだろうね。でも恋愛する相手というのは、決まっていない。自分の可能性をフルに生かして探せば見つかるのが恋愛の相手なのかも知れないな」
「結婚することに対して、寂しさのようなものがあるのかい?」
 聞いてはいけないことかも知れないと思ったが、敢えて聞いてみた。
「ないといえばウソになるが、相手が運命を感じてくれれば一番素晴らしい形でのゴールインになるのさ。ただ、将来のことは分からないけどね」
 と話してくれた。
 確かに将来のことは誰にも分かるはずなどない。分かりきっていることだ。しかし、同じ分かりきっていることを話すにしても、実際に恋愛経験も豊富で結婚にこぎつけた人の話には説得力がある。結構人の話を真に受けることの多い敏行の心を鋭く抉る言葉となった。
 まみと知り合ったのは、そんな時期だった。
 それまでに付き合っていた女性はいたが、恋愛感情だったかどうか分からない。自分の可能性の中で見つけた女性たちと付き合っていたが、恋愛感情に結びつく前に別れてしまった。
 敏行は、あまり一目惚れするタイプではない。どちらかというといい雰囲気になることで相手を気にするタイプであったが、それでも最初に気になる女性ではないと、付き合ったりしないだろう。
 出会いにしても、それなりに意味があると思っている。どこか惹き合うものがないと、付き合いにまで発展しないだろうというのが敏行の考えで、今まで付き合った人とは、友達からの紹介であったりが多かったが、きっとこっちがその気にならなければ、相手もいくら紹介されたからと言っても、一度か二度会ったくらいで会わなくなるのがオチではないだろうか。
 それでも相手のことを分かってくると、心の中で、
――どこかが違うんだ――
 と思うようになる。
――理想が高すぎるのだろうか――
 と感じたこともあった。しかし、元々が来るものは拒まずの気持ちでいるので、懐は深いと思っている。理想の問題ではない。
 相手が寄ってくると、ついつい逃げ腰になってしまうところが敏行にはあった。
 小さい頃苛められっこだったことが影響しているのかも知れない。気持ちの中でどこか相手を信用できないところがあって、相手にそこまで見抜かれているかどうか分からないが、自分を分からなくさせる要因になっているのだろう。
 その証拠に別れはいつも突然である。
 相手のことが気になり始めて、相手もこちらを意識し始めて、誘ったデートの雰囲気もなかなかいいものだったと思う。
――これでやっと恋人と呼べる相手と巡り会ったんだ――
 と実感するが、翌日になると、彼女の態度が急変する。
 連絡が取れなくなったり、
「もうあなたとは会いたくない」
 とキッパリといわれてしまったりで、到底納得できない無残な結果が待っていることが多かった。
 うまく行くことを証明してくれたはずの最初のデートが最悪の形で思い出として残さなければならない結果を生んだのは、やはりどこかぎこちなさがあったからだろう。相手としてはそれなりにドキドキしながら敏行の気持ちを探っていたはずである。
 敏行とすれば、それまで彼女の気持ちをしっかりと見つめていたはずなのに、いざデートとなると気持ちを開放しすぎてしまって、相手のことを考えていなかったのかも知れない。だが、それは決して慢心からではない。きっと自分の中にいるもう一人の自分と、実際の自分が、客観的の立場と主観的な立場との間を行ったり来たりしていたからではないだろうか。
 それはデートに限ったことではない。何か重要なことにぶち当たると、もう一人の自分の存在を意識してしまう。これは、敏行に限ったことではないだろう。
 そんな敏行が惹かれたのは、やはりあどけなさと清楚な雰囲気のギャップにだろう。
 ポエムには最初あどけなさを感じた。しかし、清純な中にこそ、
――手を出してはいけない雰囲気――
 を感じ、踏み込んではならないと思ったのは、まだ中学生だということだけではないだろう。
 中学生と言っても、発育がいい娘には、妖艶さを感じる。それは大人っぽさであるが、敏行の求めている大人っぽさではない。
 見た目、身体の反応を即する女性に熱くなったとしても、次第に冷めてくるのは目に見えてくる。
 それが「覚め」にいずれは繋がってくることを三十歳を過ぎた敏行は初めて感じるようになっていたのだ。
――まみを手放したくない――
 という思いは次第に強くなり、
――妹として見ていけばいいんだ――
 という割り切りを自分の中で作り上げていた。その方がいつまでも自分が抱いたイメージのままにまみを見つめていくことができるはずだからである。
 まみの成長を想像してみる。妄想に近いものではあるが、決して嫌らしさを感じさせない。
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次