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短編集57(過去作品)

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 彼女と別れる時になっても、覚めたわけではなかった。ただ冷めてはいたけれども……。
 それが敏行の性格でもあった。
 相手と別れる時、完全に燃え尽きて別れるようなことはない。尾を引くことはあっても、なるべく傷つかないように別れたいと思う。自己防衛の気持ちが強いからではないだろうか。
 相手もそうだったのかも知れない。特に敏行に対してはその気持ちではなかったか。だからこそ、物足りなさのようなものを感じ、他に好きな人を作ったのかも知れない。彼女が敏行と別れてからその男性とどうなったのか、詳しくは知らないが、中途半端な関係で、最後は終わったのではないかと勝手に思い込んでいた。
 男女の関係というのは分からないものだ。
 あれだけ一人が決まると他の人が見えないと思っていたはずなのに、フリーになると、いろいろな女性が気になってくる。
――一人が決まって、その人だけを見続けることができるだろうか――
 と考えるほどだが、一人だけ見続けることができないのであれば、その人は本当に好きではない人かも知れないと感じる。
 それからしばらは、彼女がほしいと思うこともなかった。
 それに呼応してか、寂しさもそれほど感じることもなかった。そんな時期の方が長く感じられ、一日があっという間に過ぎたとしても、時期的には長く感じられた。
――何も変化のない時期で、何も考えていないつもりだったけど、結構いろいろ考えていたりしたのかも知れないな――
 と思っていた。
 大学の時期は、彼女がほしいという思いが強く、寂しさはあまり感じなかった。
 大学というところでは自由があり、さらにいつでも友達ができるという感覚があるので、寂しさを感じる必要がなかったからだ。しかし、本当は寂しさを大いに感じていたのかも知れない。キャンパスを恋人と一緒に歩けることを夢見ていたが、なかなか実現しない。女の子の友達はたくさんできたが、二人で歩いていても、アベックとして羨ましく見られるようにはどうしても思えなかった。
 女の子の友達と一緒にいる時の自分が本当の自分かどうかも疑わしい。どこか恰好をつけているように思えて、どちらかというとクールを前面に出していたようにさえ思えてならない。
 大学のキャンパスを歩いていて、却って一人で歩いている時の方が、自分を見つめることができると思っていた。もし、女性と一緒に歩いているとしたら、自分を羨ましく見ることができないように思えるからで、何のために彼女がほしいと感じているか分からなくなってしまいそうで、おかしな気分になってしまう。
 元々、友達が女の子を連れて歩いているのを見て羨ましいと思うところから女性への興味が出てきたはずだった。それだけに女性と二人で歩いている自分を想像できないということは、目的の半分は満たされないわけである。どこか釈然としない思いが残ってしまっていた。
――だから、寂しさと人恋しさと彼女がほしいという気持ちを切り離して考えたいのだろうか――
 きっとそうだろう。
 定期的に人恋しくなったり、寂しくなったりしても、その時期の微妙なずれを、誰も感じることがないのは、羨ましいという気持ちから異性への興味を示したわけではないからだろう。確かに友達が耳元で囁いたエッチな話も大いに影響しているに違いないが、身体と気持ちがハッキリと違うものだと意識しているので、微妙なずれを感じることができるのだ。
「いつから女性を気にし始めた?」
 と大学に入ってから友達に聞いたことがあった。
「たぶん、中学に入ってからだね」
「やっぱり、寂しさを感じるからかな?」
「そんなことではないと思うんだけど、なぜなんだろう? 理由なんて忘れてしまっているよ」
 と言われたものだ。
 誰もが異性に興味を持った時のことは覚えているに違いない。しかし、それを人に話そうとすると、どう話していいのか分からなくなるというのも事実だろう。きっと敏行も自分からではなく、人に話せといわれると、なかなか難しいかも知れない。
 三十歳を過ぎると、今度は女性と知り合うことを欲する反面、結婚という二文字を嫌が上にも意識しないといけなくなる。自分が意識しなくとも、相手が意識するであろう。そんな関係を少し考えるようになっていた。
 結婚が嫌なわけではない。結婚に憧れたりもする。だが、今実際に女性を欲している気持ちが、人恋しさからなのか、寂しさからなのか、それとも、ただ短に肉体の欲望を満たすためだけなのか、分からないことが不安なのだ。
 性欲は十分にある。だからといって、肉体が欲するだけでないことは確かだ。風俗に行っても、話をすることで癒されるのが目的だったりする。もちろんそれだけではないのだが、時には
――話だけでもいいかも知れないな――
 道で出会っても声を掛けることができない相手、それだけに余計に気になってしまう。いつも指名する女の子で、気になる女性がいる。最初は自分の好みだから指名していたと思っていたが、後から考えれば、その娘のことを意識することで、好みのタイプが固まったのかも知れないと思うほどだった。そういえば、好きな女性のタイプを聞かれても、今までは漠然としていたが、今であれば思い浮かぶのは、その娘のことだった。
 まず会話が楽しい。
――どうしてこんな普通の娘が――
 と思うような女性で、話をしていてしっかりとした考えを持っていることも分かる。
――意外と、彼女たちの方が知識も豊富なのかも知れないな――
 と思えるほどいろいろ知っていて、話題性を持たせるために勉強していることを窺わせる。その健気さが魅力であった。
 一時期の風俗通いも、彼女が卒業することで、足が遠のいてしまった。心の奥にポッカリと穴が開いてしまったが、それほど大きな穴ではなかった。穴を意識し始めると、今度は彼女がほしい理由がハッキリとしてくる。
――やっぱり、人恋しいからだな――
 それは寂しさとは違ったものだった。
 そんな時に知り合ったのが、まみという女性だった。彼女はまだ十三歳である。彼女にできるような年齢ではなかったが、まみは敏行になついていた。
 まみは、友達のいとこに当たる。かなり年が離れているが、詳しいことは聞けないのであまり詮索はしていない。まみを見ていると、自分の十三歳の頃を思い出す。その頃の自分に比べれば、まみは十分に大人であった。
 ちょっと小ぶりだけど、発育がいいのか、胸の膨らみが気になってくる。
「見たでしょう」
 と言って、睨みつける顔にあどけなさを感じる。中学生くらいの女の子は、睨みつけたくらいの表情の方が大人っぽく見え、大人から見ると、まだ幼い子供だという目で見てしまうことで生まれたギャップが、あどけなく見えるのかも知れない。
 表情一つ一つが理屈で考えられる。成長期の自分を思い出しているからなのか、成長期には感じることのできなかった同年代の女の子を、大人になって感じることができるようになったからなのか、考えてしまう。
――きっと後者だろうな――
 と思えるほど、敏行は年を取っていた。まだ三十歳にもなっていないのに年を取ったというのもおかしいが、それだけ頭の中は中学時代に戻っているのだ。
――これではいけない――
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次