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短編集57(過去作品)

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 女性っぽいというのは、自分の肌が白いところ、そして、しばらく髪の毛を伸ばしていたのだが、伸びるスピードが学生の頃よりも目に見えて早くなってきたからだった。
「髪の毛が多かったり、伸びるのが早いのは、きっと女性ホルモンの分泌が活発だからじゃないか」
 と言われたことがあるが、肌の白さを気にしていた雅夫は、その話を軽く受け流す気にはなれなかった。
 一緒にいる友達は普通に接してくれているが、時々、女性の視線を痛く感じることがある。その視線は憧れに近いものだということは、何となく感じるのだが、最近女性っぽさを感じる自分に女性が憧れの目で見ていると思うと気持ち悪く感じるはずなのに、どこか気持ちよさを感じている自分がいた。
――おかしな感覚だな――
 人に見られたいという感覚はあまり男性にはないものなのだろうが、その時の雅夫にはそれがあるようだった。露出したいという感覚とは違うもので、女性の中には見られたいという感覚が潜在的にあるのではないかと感じたのだった。その意味からでも、自分が女性っぽいと感じるわけであるが、結局、どっちに転んでも、自分が女性っぽいという結論に行きついてしまうようだった。
 最初、あれだけ嫌だった感覚だったのに、女性に見られる感覚は嫌ではなくなった。感覚自体が麻痺してきたのかとも思ったが、どうやらそういうわけではない。
 見られているということは、自分もその人を感じているということ、普段であれば、相手を感じていることを悟られると、相手に引かれてしまうが、今の雅夫は相手に気付かれても引かれることはないようだ。そこか感覚が繋がっているのかも知れない。
 だが、そんな女性は決して雅夫との距離を縮めることをしない。適度な距離を保つことが一番の快感になっているのか、雅夫が少し近づこうとすると、半歩後ずさりするだろうが、決して離れようとしない。今までであれば毛嫌いされるのがオチだったはずなのに、おかしな感覚である。
 そんな中に咲子という女性がいた。
 彼女は、短大を卒業して同期で入社した人だったが、物静かなところが目立たない性格を表していたが、それだけに却って目立つのかも知れない。
 雅夫にとって、女性を見つめることはあまり好きではなかった。女性に見つめられているという意識が強いからで、今まで自分を見つめている女性にはハッキリとしたビジョンを感じていた。
 そのビジョンが何なのか、その人によって違うが、表に出てくるものが何かしらハッキリとしていた。しかし、咲子に限ってはそんなものはなかった。だが、実際には熱い視線を感じていたのは、恋愛感情ではないのかも知れない。
 だが、雅夫には恋愛感情なのか、憧れなのか分からないものがあった。本当の女心が分かっていないのである。自分が女性に近い雰囲気を持っているということから分かっているつもりでいるのだが、あくまでも限りなく近づくことはできても、本当の女になることはできないことを、その時の雅夫は分かっていなかった。
 もっとも、自分から女性になりたいという願望があったわけではない。少なくともそのことを自覚していた。だが、本当にそうなのだろうか。
「性同一症候群」
 この言葉は知っていた。言葉は知っているが、それがどんなものかを詳しくは知らない。むしろ知りたくなんかないと思っているくらいで、自分には関係ないと思っていたことだろう。
 もし知り合いにそんな男がいれば、毛嫌いしていたに違いない。露骨に避けていたかも知れない。避けられる人間の気持ちを分かって避ける行為をするに違いないが、相手のリアクションまで想像できるのはなぜだろうと、考えたこともあった。
 まさか自分にそんな傾向があるなど考えたこともない。なぜなら、性同一症候群というのは、異常性欲によって生まれるものだとしか考えていなかったからだ。
――ということは、自分には異常性欲が芽生える要素があるということなのだろうか――
 ショックであった。
 異常性欲がどのようなものか、今までに雑誌などで読んだことはあるが、それはSMの世界が主であって、それ以外はあまり書いている本もなかった。
 苛めたい気持ち、苛められたい気持ちを持った人間が、この夜には何と多いことなのかということを思い知らされたが、どちらかというと、自分は苛めに回る方かも知れないと思っていた。それだけに、女性っぽいと人から見られることに抵抗があり、自分の肌の白さや、髪の毛の多さ、二重の瞼に違和感を感じぜざるおえなかった。
 友達の話の中で、男性同士、女性同士の異常性欲の話が出てきたことがあった。
「女性同士というのは綺麗に見えるが、男性同士はどう見ても気持ち悪くしか見えないよな」
 と言っていた言葉に想像をめぐらせ、何度も頷いていたことを思い出した。即座に映像を想像することができたのだ。
――そんなに簡単に想像できるものなのだろうか――
 雑誌で見たこともない。テレビや映画でも見たことはなかった。それなのに、簡単に想像できる自分が怖い気がしていたが、自分が女性っぽく見られていることが影響していることをその時はまったく感じていなかった。
「レズビアンっていうらしいんだけど、嫌らしいよね。でも、憧れる気はするな」
 男から見ると芸術的に感じられる。それからしばらくして見た映画でレズビアンのシーンが出てきた。別に嫌らしい映画ではなく、遠まわしに女性同士の愛をテーマにした映画であることを知っていたので見に行ったのだが、バックに流れていたジャズが印象的で、映画館自体が暗いのに、映像も負けず劣らずのクラさが、幻想的な世界をスクリーン一杯に映し出されていた。
 咲子に対しては、明らかに男性として意識していた。彼女もきっと男性として雅夫を意識しているに違いなかったからだ。
 だが、なかなか話をする機会に恵まれない。
 雅夫は会社の先輩の女性から呑みに誘われたことがあった。普通であれば、他の人も誘うのだろうが、その時はその人と二人きりだったのだ。
 どこか下心を感じたが、女性から誘われて嫌な気はしなかった。
「ご一緒してくれるかしら?」
 と言っていたその目には潤みすら感じられ、
――これは、男性として誘われているんだ――
 と思うと、気持ちよりも先に身体が反応してしまって、
「はい、喜んで」
 と二つ返事だった。その言葉は気持ちが言わせたというよりも、身体が返事をしたと言った方がいいだろう。
 女性と二人で呑みに行くのは初めてだったのだが、なぜか違和感はなかった。今までにも何度かあったように感じるくらいで、会話も彼女からの話題が多かったが、それにはほとんど普通に答えていたように思う。
「女性として意識していないの?」
 と、呑みながら一瞬真剣な目で見つめられたが、雅夫が戸惑っていると、
「ふふふ、冗談よ」
 と言って、さらに呑み始めた。
「なんだ、冗談なんですか。急にそんなこと言うからビックリしましたよ」
 と口では答えたが、彼女の横顔は冗談ではないことを物語っているように思えてならなかった。
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次