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短編集57(過去作品)

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 という悪戯心が芽生えた女性がいたのも少なくないだろう。
 内緒という言葉に反応し、心ワクワクさせていた時期が懐かしい。
「誰にも見られないようにいらっしゃい」
 と言われて行ってみると、彼女は、いつも下着姿にシースルーのネグリジェをつけている。
 目のやり場に困っていると、
「ちょっと待ってね。着替えて来るわね」
 といって、数分して着替えて戻ってくる。
 その姿はTシャツにミニスカートという姿で、少年としては、最初のネグリジェ姿とどっちが気になるか、分からなかった。
――おねえさんは、どっちを見てほしいんだろう――
 と漠然と考えたが、本当に脳裏に残ったものが思い出されて、頭の奥に焼きついていることを認識したのも、かなり後になってからのことだった。
 そういう行為が挑発されているということも分かっていたが、どう答えていいか分からない。ただ、恥ずかしくて戸惑っているだけだったが、そんな自分がいとおしく感じる。さらに、恥ずかしく感じ、戸惑っている自分に心地よさが漲っていることだけは間違いないようだった。
 大人になることで、そんな思いが少しずつ減ってくるなら、今度は、
――大人になんかなりたくない――
 と思うようになった。
 もっともそう考えるのは、彼女と一緒にいる時だけのことで、いつまでも彼女との時間が続けばいいとさえ思っていた。
 だが、それも彼女と一緒にいる時間だけ感じることであって、一歩彼女の部屋から出ると、間隔が一変する。
――まるで夢を見ていたかのようだ――
 幻想的に感じてはいたが、彼女と一緒にいる時間は紛れも泣く存在していたし、
――大人になんかなりたくない――
 と感じたことも間違いない事実である。
 それなのに彼女の部屋から一歩出た瞬間から、自分が自分に戻ってしまうのである。
 戻った自分が、その年代の男の子たちとはかけ離れた考え方や感受性を持ち合わせている。それが自分の中でトラウマのようになっていていたのかも知れない。おねえさんと合えない日が数日続けば、おねえさんへの思いが募ってきて、自分ではどうすることもできなくなる。
 大人になりたくないという思いが最高潮に達しようとする時、待ちに待ったおねえさんが現れた時、自分の中でそれまでに気付かなかった自分が存在していることに気付いてしまった。
 どこか冷静な自分がいた。その瞬間に彼女への思いから、身体が震え出して、禁断症状を訴え始めている自分がいるのも分かっているのにである。少年がここまで冷静になれるということは、もう一人の自分は大人の自分ではないかと感じるほどだったが、そうではない。大人の部分を持った子供という方が正確なのかも知れなかった。
 大人になりたいという考えを持ったもう一人の自分、こちらが本当の自分なのかも知れないが、おねえさんは、時々、自分の後ろを見つめていることに気付いたが、自分の後ろを見つめているというのは、もう一人の自分を見つめているに違いない。
 もう一人の自分を彼女が感じるためには、雅夫自身を追い詰めないといけないということを知っているのだ。知っていて追い詰める彼女、そこには情というものが本当に存在しているのか不思議だった。
――そんなものはないのかも知れないな――
 妖艶な雰囲気だけしか感じない。優しさが滲み出ているように感じることもあるが、いつも冷静で、見つめる先にいる自分をただ見つめているのは好きなだけに思える。
 もっとも情のようなものが彼女の中にあれば、雅夫が魅力と感じている彼女の妖艶さが魅力として感じられなくなるかも知れないと感じていた。
 彼女の部屋には姿見の鏡があった。その前に立って自分を見つめたこともある雅夫だが、そんな時には必ずおねえさんが後ろに立っている。その雰囲気は姉妹にしか見えないが、しばらく見ていると、母親を見つめているように思えてくる。きっと彼女の視線が子供を見つめる母親の視線になっているからだろう。
 しばらく彼女と不思議な関係が続いたが、そのうちに彼女が迎えにこなくなった。
 彼女と知り合った公園のベンチ、初めて知り合った時に、どうしてそこに座っていたのかも自分では思い出せない。もし、そこにその時座っていなければ、彼女と知り合うこともないように思えた。
 どうしてそう感じるかというと、彼女が迎えに来てくれるのは、いつも知り合った公園のベンチに座っている時だった。
――こんにちは、いい天気ね――
 出会った時とまったく同じ挨拶で、まったく同じ表情、初めて出会った時も、それから出会う時も、寸分変わらぬ相手の表情に、雅夫も同じ顔で見上げていたに違いない。他の表情をしている自分が想像もできない。
 普通であれば自分の表情を想像するのは難しいものだが、その時の顔だけは、浮かび上がってくる。
――そうだ、部屋で見た姿見に映った自分の顔、あれが、公園のベンチで声を掛けられた時のいつもの表情なんだ――
 と思えてならない。
 おねえさんと会っている時の自分は成長していない。早く成長して女性に興味を持ち始めてしまった自分の成長を調整してくれたのも彼女の存在だったように思えるのは、雅夫が理屈っぽい性格だからかも知れない。
 理屈っぽい性格だと、自分に都合よく考えられるからだ。考えを段階的に整理していくことができるのだから、子供の自分の考えられる範囲など、たかが知れていると思っているだけに、整理さえできれば、いくらでも考えを作り上げることができる。特にあまり多くのことを経験していない少年としては、いくらでも自分に都合よく考えられるはずだからである。
 おねえさんと一緒に見た姿身、そこに映った自分が本当の自分だとはどうしても思えない。そのことを彼女は分かっているのだろう。
 本当の自分を隠して彼女と接することが心地よさに繋がるのであれば、それでも構わない。下手に現れてくれてはせっかくの時間が終わってしまう。その代償として、その時間だけ進まないという意識が子供心にあった。ありえないことのはずなのに、納得してしまっているのは、やはり子供だったからだろう。
 大人になってからは、理屈っぽく考えることが、自分に都合よく解釈するためだという考えが余計に強くなるだろう。
――汚い大人――
 大人に対して子供が見る汚い部分は、そのあたりにあるのかも知れない。
 おねえさんに対して従順だった雅夫だが、小学生の頃は他の女性に興味を持つことはなかった。だが、中学に入り、自分も他の男の子と同様、同級生の女の子に興味を持つようになる。
 意外と雅夫は女の子から気に掛けられる存在だった。別にかっこいいわけでもなく、大人っぽい雰囲気でもなかった。どちらかというと、大人しい性格で、肌が白かったことから、女性にあまりもてないと思っていた本人には意外であった。
 大人の女性に接することで、どこか母性本能をくすぐるタイプの男の子になってしまっていた。かといって、かわいいタイプの男性ではなく、甘えることもあまりない。どこで母性本能をくすぐろうというのか自分でも分からなかったが、雅夫に心を寄せる女性の中には、
「彼は母性本能をくすぐるのよ」
 と言っていた人が少なからずいたことも事実であった。
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次