短編集57(過去作品)
同一の性?
同一の性?
自分のことを女性っぽいと思うのは、その人にとってショックなことなのだろうか?
「性同一症候群」というのは病気として認知されているのか、そのことを病気とも感じず、一人で悩んでいる人も少なくはないだろう。
ここに一人雅夫という青年がいるが、彼は自分の中に女性がいることをいつから感じ始めたのだろう。
――女性になりたい――
という思いまではなかったが、女性の身体に興味を持つ年齢が他の男の子よりも早かったのだが、その時はまわりの女の子はまだ子供だったこともあって、見つめるのは自分よりも年上の女性ばかりである。
それも二十歳前後の女性で、化粧の乗りもよく、紅い口紅が歪んでいくのをゾクゾクしながら見つめていたものだ。
異性に興味を持ち始めると、相手のあどけなさや笑顔に最初は興味を持つものだろう。特にお互いに成長期の男女ともなれば、なおさらのこと。成長期であれば、男性よりも女性の方が少し発達も早い。それだけ成熟していく姿が、目に見えてくるというものだ。
雅夫の場合は逆だった。
最初に成熟しきった女性を見つめることで、自分が女性に興味があることに気付き、次第に、その対象年齢を下げていく。成熟した女性から、成長期の女性へと目を移してくると、そこに見えてくるのは、自分の中で感じる異常性欲のようなものだった。
小学生の雅夫にはそれが辛かった。
――どうして最初に大人の女の人に興味なんか持ったんだろう――
その思いがずっとあった。誰にも言えず、一人で悩んでいたが、次第に自分の身体に変化が訪れてくるのが分かってきた。
女性を見ていてゾクゾクしてくるものの正体が分からず、分からないだけに罪悪感もなく、受け入れることができた。性欲であることに気付くまでは甘えたい気持ちの現われだと思っていたのだ。
だが、甘えたい気持ちを、大人の女性はうまくはぐらかす。はぐらかされると、また身体に変化が生まれ、ゾクゾクした感情が、身体を熱くし、自分の中から出てくる何かを感じるのだった。
――女性って魅力があるんだ――
男性にないものを求めるのが成長期における異性への興味なのだろうが、それ以前に漠然としたものを女性への興味として感じた雅夫には、成長期までに違った感覚が生まれてくることになる。
それが持って生まれたものなのか、それとも、女性に興味を持つのが他の人より早かったことによる産物なのか分からない。だが、ハッキリと分かっているのは、他の男の子たちよりも、自分が数段早く大人に近づいたということだった。
――早く大人になりたい――
という感覚は、成長期にならなくとも皆感じることだろう。
「子供には関係ない」
「子供だから分からなくて当然、分かる必要はない」
と言って、大人からはじき出されることに反発を感じるようになると、大人になるための葛藤がそこから始まる。雅夫にも同じような感覚はあったのだが、それ以前に、女性への興味が湧いてきたので、自分が他の男の子よりも早く大人に近づいたように思えて仕方がなかったのだ。
他の男の子とどこが違うと聞かれてハッキリと自分でも答えを言えるわけではないが、誰もがまだ持たない興味に、早いうちから気付いていたことで、大人の仲間入りをしたように思っていたのも事実である。
何も女性への興味だけが大人になることではあるまいが、大人になることを漠然と考えていた雅夫には、それ以外はイメージできなかった。
大人の女性に見つめられ、思わず目を逸らしてしまうのも、成長期の男の子の感覚である。そのことが悪いわけではない。自分の中で、早く成熟してしまうことへの懸念がないわけではない。
――早く歳を取ってしまっては、それだけ寿命が短いかも知れないな――
子供が考えることではないのかも知れないが、逆に子供だから、そんな考えが浮かんでくるのだろう。
学校で習う算数、足したり引いたりして、答えを導き出す。導き出される解答は一つしかなく、幾通りの解答法があったとしても、結果は一つである。そのことに最初から気付いていたにも関わらず、最後まで意識しなかったのは、あまり大切なことだという意識がなかったのか、それとも、成長期の中で感じる一過性のものとしての意識しかなかったのか、どちらかであろう。
だが、結果的には最後に行きつく先は、その気持ちであることを、その時の雅夫は知る由もなかった。
子供の頃の考えは、理屈っぽいのだが、そこから発展性のある考えは芽生えてこない。算数が好きだったことの影響かも知れない。答えを導き出すための幾通りかの方法を思いつくのは楽しく、導き出された答えに対して深く考えることはない。プロセスがしっかりと決まってしまえば、解答は揺るぎないものであるという意識が頭の中で働いてしまうからである。
まわりの男の子が次第に女性に興味を抱いてくる。自分が彼らよりも最初に女性に興味を抱いたことで、少し歯精神的に余裕があるはずであった。
まわりの男の子たちを見ていると浅ましく見えるのはそのせいかも知れない。
――女性を、蔑視しているように見える――
まだ性についての知識が中途半端なくせに、興味だけは大変なものがある。その大きさは人それぞれだが、成長期の考え方としては仕方のないものだろう。男の子にとって女性というのは眩しいもので、同じ年頃の女性が大人っぽく見えるのも、成長が女性の方が早いからかも知れない。
雅夫も、そのことは感じていた。
小学生の頃は大人の女性ばかり見つめていたが、
――同級生の女の子たちもまんざらではないな――
と思うようになる。
それは今まで大人の女性しか見ていなかった自分を安心させるものでもあった。
――大人にしか興味を示さないのは、病気だったりして――
と悩んだこともあったが、まわりに同じような男の子がいないだけに、比較対象がなかった。まだ皆女性に対して興味を抱くことのない年齢だっただけに、何を考えているのか分からなかった。
中学生になってから、小学生時代のことを思い出すと、ほとんど大人の女性のことを考えていたように思える。視線だって、きっと女性が気付くだけのものがあっただろう。中にはその視線に悪戯っぽく微笑んでくれた女性もいて、ついついその気になってしまった自分を思い出しただけでも恥ずかしい。
本気にさせた女性の中には、今から考えても不思議な女性がいた。
彼女は、近所に住んでいる人で、最初は一人暮らしかと思っていたが、しばらく経って人妻であることを知った。
「絶対に内緒よ」
という一言がいつまでも耳の奥に残っていた。内緒にしなければならないことというのは、決していいことではないことを認識できる年齢に達していたが、さらに、内緒という言葉の持つ淫靡な意味まで漠然と分かっていたように思える。
――大人になりたい――
という願望が、自分が気になっている女性たちと対等に接したいという気持ちの表れだったくせに、
――自分が大人になったら、今度は相手にされないな――
と思ったりもした。
子供だからまだ、意識してくれた女性もいる。ひょっとして、
――かわいい坊や。ちょっとからかってやろうかしら――
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次