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短編集57(過去作品)

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 そんな会話があったと、後から聞かされた。もちろん、その時は真剣に分からなかった。完全に自分を取り戻し、意識が元に戻ってから、後で思い返してみると、自分が誰だか分からなかったということが思い出されてきた。普通自分が誰だか分からないような状況に陥れば、その時の記憶は飛んでしまうものだと思っていただけに不思議だった。
 その時のことを、訪問してきた刑事から話を聞いている時に思い出していた。
「彼は必ず思い出すと思いますよ。思い出してから、何が起こったのかもすべて理解していると思います。何かから逃げたいという意識でもあったのかも知れませんね」
 半分は勘だったが、当たらずとも遠からじだと信じていた。
「ありがとうございました」
 刑事はそれだけ聞くと立ち上がり、警部と二人で帰っていった。結局、警部は何も話さなかった。
――あの警部、どこかで見たことがあるような気がするな――
 気のせいであろうか?
 次の日、もう一人の刑事が会社に訪ねてきた。
「お久しぶりですね」
 警部と見た目年齢的には違わないが、まだ刑事であった。しかし、威圧感はなく、優しそうな雰囲気で、箒でも持っていればまるで恵比寿様の雰囲気すら感じさせた。笑顔が似合っていて、刑事には見えないだろう。
「えっと、どこかでお会いしましたかね?」
「ええ、と言ってもまだ渡辺さんが小学生の頃でしたけどね」
 と言って、もう一度名刺を見ると、桜井刑事と書いてある。その名前に覚えがないわけではなかった。
「ひょっとして、この間の警部さんは、橋本警部ですか?」
「ええ、そうです。彼は名刺を渡していないのでしょうね。彼が帰ってきて私にいうんですよ。あの時の渡辺君だってね」
 橋本警部も桜井刑事も、その頃はまだ若かった。上司の命令で飛び回っている下っ端という雰囲気があったが、やけに優しかったのを覚えていた。
 少年相手だから、当然犯人を相手にするようなわけには行かないだろうが、馬鹿げているような話でも真剣になって聞いてくれていたのだ。真剣に話を聞いてくれているかどうかは、子供でも分かる。いや、子供だからこそ、純粋な目で見ることができるのではないだろうか。
 あれは友達の家に行った時のことのようだった。
 ようだったというのは、最後の記憶しか残っていなかったからだ。気がつけば友達の家の前にいて、その前の記憶が途切れていた。とても眠くて身体もだるかった。身体の奥から熱いものがこみ上げてくるような感じがして、
――熱でもあるんだろう――
 と漠然と感じていた。かなり長くその場所にいたらしく、近所の人がおかしいと思って警察へ連絡してくれた。母親が飛んできてその様子を見ると、すぐに体調が悪いのに気付いたのか、病院へ運ばれて、そのまま入院となった。
 どこが悪いというわけではないが、衰弱が激しかった。その時に話を聞きにきたのが、桜井、橋本両刑事だった。
「まったく覚えていないんですよ」
 それ以上話すことはなかったが、二人とも追求もしなかった。病院の先生から話は聞いているはずなので、きっと、
「あまりたくさんのことは聞かないでください」
 と釘を刺されていたのかも知れない。
「散歩でもしようか」
 話を聞こうとせず、二人の刑事は、院内を散歩に連れ出した。
「覚えていないんだね。でも、君は気にすることはないんだ。君が悪いわけでも何でもないんだからね」
「でも、桜井さん。時代は繰り返すといいますが、本当に不思議ですよね」
「そうだね。しかもどうしてまた我々二人なんだろうね」
 不可解な話をしていた。だが、そのセリフはずっと頭に残ったままだった。
 後で聞いた話だと、遊びに行ったはずの友達の家で、おじいさんが行方不明になっていたそうだ。数ヵ月後に崖下から遺体で発見されたが、事故、事件、両方で捜査されていた。だが、行方不明になった日が、ちょうど渡辺が倒れているのを発見された日と重なることが二人の刑事に引っかかったのだろう。
 もう一度だけ二人で訪ねてきた。その時には渡辺も全快していたので、話が聞けると思ったのだろう。だが、完全によくなってしまったら、今度はその時の心境を思い出すことすらできなくなっていた。少し記憶力が落ちていたようなのだ。
 それは今でも変わらない。治療が必要なほど記憶力がないわけではないので、生活や仕事に支障がないので、何とか過ごせてはいるが、その時から記憶力が低下したのだと、自覚していた。
 それから二十年以上経って現れた二人、年月の経過を感じさせた。あれだけ記憶力が落ちていたと思っていたのに、二人を思い出すと、まるであの時が昨日のことのように思い出せる。
 そういえば、あの時、橋本刑事が気になることを聞いていたっけ。その印象が強かったので、橋本さんに関しては、少し警戒心を強めていた。
「君は、いたずら電話をするくせがあると聞いたけど、本当かい?」
 桜井刑事はその言葉を戒めることもせず、黙って聞いていた。温和で優しい桜井刑事が止めようとしなかったということは、桜井刑事にも聞いてみたかったことなのだろう。さすがに口から出すことはしなかったが、その時の桜井刑事の顔は真剣そのもので、後にも先にもあそこまで真剣な顔をした人は見た記憶がない。
 黙っていると、しばらくして話題を変えてくれた。だが、沈黙の時間の長かったこと。このままずっと見つめ合ったままだったら、きっと呼吸困難になっていただろう。
 ただ、いたずら電話をしたのは一度きり、しかも、苛められている女の子のかたきを取ってやっただけだった。だが、電話を掛けられたやつは、その時から精神的に落ち込んでしまったようで、それがトラウマになっていた。
 その話を聞かされて、電話に関してはトラウマになってしまった。昨日の電話でやけに落ち着いて相手を判断できたのも、そのせいであった。
 あの時、橋本刑事が話していた言葉、
「時代は繰り返すといいますが、本当に不思議ですよね」
 を思い出していた。今、渡辺は時代を繰り返している。
 昨日の電話のあの声、あれは自分ではないか。いたずら電話をした時に使った名前も、ミスターXだった。名前を聞かれて何にしようかと思って出てきた言葉がミスターXだったのだ。
 突発的に出た言葉だったので、違和感なくスムーズに出てきた名前である。
 表で倒れていた男、彼は渡辺の部屋の前で倒れていた。渡辺は一人暮らしである。消える人など誰もいないだろう。
 いや、トラウマとして残った自分。それを消したいと思っているもう一人の自分が引き起こしている現実。
「繰り返す時代の中に、一体何人の自分がいるんだろう」
 独り言を呟きながら、静かに電話を見つめている渡辺だった……。

                (  完  )

作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次