ジャスティスへのレクイエム(第一部)
刑の執行が終わって、今はこの国は中途半端だ。国家元首不在で、しかも国家が滅亡しただけで、新たな国を建国したわけではない。どうやら最初に考えていたよりも時間の経過は相当早かったようで、刑の執行からしばらくは新しい展開が起こることはなかった。国家の新体制が決まって、世界に声明を出すまでに刑の執行から半年近くかかってしまっていた。
国名は、
「アレキサンダー国」
と命名された。
アレキサンダーとは、その国の先祖に存在した英雄の名前で、彼は君主でありながら、帝政を敷いていたわけではなかった。ただ、在籍年数も少なく、後継者がいなかったことから、あまり歴史的な資料は残っていない。それだけに伝説としてはいろいろ諸説残っていて、それが新国家に対して都合よく作用したのだった。
国の体制は、まだ決まっていなかった。目標は立憲君主と掲げているが、肝心の憲法がまだ制定されていない。
他の法律も形成されておらず、っすべてが最初からで、時間をかけていいのであれば、いいものができるのだろうが、私法に関しては存在していることから、憲法との矛盾が発生しないようにしないといけない。帝政ではなくなったので、当然私法の修正も必要になってくるが、君主制ということを謳っているので、私法の修正に関してはさほど大きな問題にはならないだろう。そういう意味で立憲君主制を謳ったのは正解だったのかも知れない。
アレキサンダー国の目指すのは、昔に存在したと言われている立憲君主の首相が国家元首だった国だった。資料としては莫大なものが残っていたが、莫大すぎて、情報が錯綜したり、相反するものもあったりして、解釈にはかなりの時間が掛かった。もちろん、すべてをマネするわけにはいかない。なぜなら、当時の社会情勢と今とでは違っているからだったが、それ以上に目指すものが明確になっていない自国に当て嵌めるには、かなり無理な部分も読み込んでいくうちに露呈していたからだ。
それでも、憲法草案は何とか出来上がった。政治体制もそれに並行して決まっていき、憲法制定と、政治体制がうまく噛み合ってきたのは、アレキサンダー国としてはありがたいことだった。
そのため、憲法の発布から公布まで、そして新体制の発表とスムーズに行われ、対外的にも大々的に宣伝して、建国ムードを大いに盛り上げていた。
複雑だったのは、ちゃーるぞとシュルツを始めとしたアクアフリーズ国の首脳たちだった。
隣国とはあまり交流がなかったが、それでも絶対王制と、帝政国家としての交流は、友好的だったと言えなくもない。それぞれの家系も、親戚だったりするので、そのあたりも心情的なものを考えても、大きなトラブルが起こることはなかった。お互いに友好国としての位置づけでもよかったくらいだ。
だが、その隣国でクーデターが起こり、まったく違った体制が出来上がった。前の国は完全に滅亡し、別の国家がそこにあったのだ。
外交的には、彼らにとって有利な条約はそのまま継承されていったが、少しでも不利な条約は破棄できるように国際社会に働きかけていた。何しろそれまでと国家の体制が違っているのだから、その主張ももっともなことだが、かつての不平等条約の撤廃までは、なかなかうまく行かなかった。
その矛先が向けられたのは、我が国だった。
彼らから見れば世界の列強にはまだまだ程遠い、発展途上の国だということは把握していたのだろう。我が国だって同じようなものだ。だから、我が国も隣国も相手によってはまだ不平等条約を押し付けられているという負い目もあった。
我が国も隣国も、君主制というものを採用していたので、他国との条約では、まず最優先されるのは、自国の体制の保障だった。
その次に自国の権益の保障だったり、貿易や経済だったり、相互安全保障の問題だったりと、他の国の条約締結と同様の内容が規定されていた。
そういう意味では、強大国に従う両国は、強大国から見れば、似たり寄ったりの国家だったのだ。
ある意味では、
「どうでもいい国の一つ」
として数えられていたかも知れない。
しかし、隣国はそんな中でクーデターを決行し、帝政を立憲君主の国に生まれ変わらせたのだ。他の国から見れば、
「見直した」
と思われても当然のことに違いない。
「大丈夫か?」
チャールズは、隣国でクーデターが起こってからのシュルツの苦悩を近くで見ているので、自分もどんどんネガティブな気持ちになってくるのが分かっていた。
心配して声を掛けているのだって、彼に気を遣っているわけではなく、自分に言い聞かせていると言った方がいいくらいで、シュルツも、
「ええ、大丈夫です」
と一言言い返すのが精いっぱいだった。
――シュルツ長官は何をそんなに危惧しているのだろう?
チャールズは、シュルツがここまで長期にわたって思い悩んでいる姿を見たことがなかった。
――ひょっとして、アレキサンダー国から、秘密裏に何かを言われていて、それを公にできないことで悩んでいるんじゃないか?
とチャールズは考えたが、その考えは半分当たっていたが、半分外れていた。
確かにアレキサンダー国から秘密裏に交渉されていたが、それは直接我が国に対して危害を及ぼすものではなかった。ただ、シュルツはそれよりも我が国におけるこれからの体制に危惧を抱いていた。それは漠然としたものであり、具体的なイメージが湧いているわけではない。それがシュルツを悩ませていた。
今までは何もないところから組み立てていく場合、理路騒然とした考え方から、どんどん組み立てられていたが、今回は最初から浮かんでくるものがなかったのだ。
――私は、最初にうまく行かなければ、ここまで発想が空転してしまうことになるというのを初めて気付いた気がする――
とシュルツは思った。
これまで順風満帆、どんなに危機に見舞われても、自分が真剣に考えればそこから先、危機を乗り越えることはそれほど困難なことではないと思っていた。
それなのに、まったく何も浮かんでこない頭の中はいつまで経っても暗黒のトンネルの中にいて、どこから生まれるのか、発想というものが生まれるものなのかという根本的なことに疑問を感じた。
小学生が、算数の基礎である、
「一たす一は二」
だという当たり前のことを何の疑問もなくクリアできれば、そこから先は算数に対して恐怖を感じることはないだろう。
しかし、最初に疑問を持ってしまうと、そこから先、まったく進まなくなってしまう。どれだけ年を取っても算数から数学はおろか、四則演算すらまともに理解できない状態になってしまう。
それと自分は同じなのではないかと、シュルツは感じていた。
シュルツは、実は自分が算数で最初の段階で疑問に感じたのを覚えていた。疑問に感じてはいたが、なぜかクリアできた。それがどうしてなのか分からなかったが、後になって思えば自分が王家の中に入り、国家運営のトップに上り詰めることができたのは、この時のクリアが大きく影響していると思っていた。
――それがまさか、今になって幼少期の思いがよみがえってくることになるなんて考えてもみなかった――
と思っていたのだ。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次