ジャスティスへのレクイエム(第一部)
この疑問は今に始まったことではなく、以前から感じていたことだ。
グレートバリア帝国のことは、一応教育は受けていたが、その時は、
「友好的な隣国」
という存在だと教えられただけだった。
こうしてクーデターが起こったことで、今まで知らなかったグレートバリア帝国の内情を知るというのも皮肉なことだ。
――知らないなら知らないでもいいことなのに――
と感じたが、知ってしまうとさらに気になってきた。
「ネル皇帝も大変だったんだな。私のように地位が安泰だというわけではないということだな」
「そういうことになりますね」
「ネル皇帝は、自分が今受けている運命を想像していたんだろうか?」
とチャールズが言うと、
「分かっていたかも知れませんね。皇帝には任期というものがありませんが、大統領には任期というものがあるんですよ」
「というと?」
「皇帝は、世襲で受け継がれていくものだけど、大統領というのは、国民から選挙で選ばれるものなんです。任期に加えて、その任期を何期続けることができるのかというのも、実は決まっているんですよ」
「それは何で決まっているんだい?」
「憲法で決まっています」
とシュルツが言ったが、チャールズには憲法という言葉の意味がいまいち分かっていなかった。
アクアフリーズ王国にも憲法というのは存在する。ただ憲法が司っている権力に王家は入っていない。だから帝王学で学んだこととして、
「国民には憲法という法律があり、それで管理されていますが、王家には王家に伝わっている法律があり、その法律で守られています。王家の法律は、この国のどんな法律よりも上位に存在していますので、絶対ということになります」
と教えられた。
今そのことを思い出していたが、
「ところでシュルツ。私は帝王学を学んでいた時に感じていた疑問なんだけど、私はすべてにおいて国民の上にある絶対的な君主だと教えられたが、今までの歴史でクーデターのようなことは起こらなかったんだろうか?」
というと、
「もちろん、国が分裂してグレートバリア帝国ができた時はクーデターのような感じだったんでしょうね。でもそれ以降では何かあったとは聞いたことがありません」
というシュルツに、
「それは本当に不思議なんだよね。それだけ王家の力が絶対だったということなのか、それとも、逆らうと滅亡の危機があるのを感じるから、逆らえないのか分からない」
「もちろん、反乱など起こせば、未来永劫その家系は、奴隷として生きることになるだろうからね。それだけ絶対君主の法律は厳しいものなんですよ。恐怖が平和を呼ぶとでも言いましょうか」
それを聞いて、チャールズは複雑な気持ちになった。
自分が絶対的な立場でなかったら、こんな複雑な気持ちになることはないだろう。それを思うと、チャールズは隣国で起こったクーデター、そして今まで何も知らなかった自分とを恨むような気分になっていた。
だが、何も知らないことも一種の罪だと思っているので、これはいい機会なのだと感じた。
シュルツもチャールズの表情を見ていて、苦虫を噛み潰したような雰囲気に、
――きっと複雑な気持ちでいらっしゃるんだろう?
と感じていた。
シュルツは近い将来、この話をすることになると予感していたこともあって、冷静に話すことができたと思ったが、それを受けたチャールズの心境までは、看過することができないように感じた。
シュルツはチャールズ国王の話を半分に、隣国の情報収集が気になっていた。隣国でクーデターを起こした連中はシュルツとは親交があり、今のままでは、
「知らぬ存ぜぬ」
というわけにはいかなかった。
シュルツが危惧を抱いているのは、自分がグレートバリア帝国の軍部と交流が深かったことで、事前に彼らから内密にクーデターを知らされていて、しかも何かの助言を加えたと思われることであった。
もし、その疑惑を持たれ、国際的な機関からの調査が入り、調査で黒となれば、我が国も平常ではいられない。国際機関の調査団が入り、あることないこと、痛くもない腹を探られることになるだろう。
国家経営というのは実に微妙な状況を孕んでいることがある。実際には濡れ衣でも、少しでも疑念があれば、
「それは黒だ」
という目で見られて捜査される。
最初から白を感じてしまうと、どうしても同情的な目が働いてしまい、公平な判断ができなくなるだろう。国家レベルでの公平な判断というのは、冷静沈着さが一番である。白だという目から入ってしまうと、そこに熱いものが生まれてくる。公平さを欠くとはそういうことなのだ。
個人レベルでは白から入ったとしても、公平さを欠くとは言い難い。なぜなら、国家レベルでは少なくとも数十万人以上の国民を相手にしているのだ。多数決を取って、同じ賛成反対であったとしても、人それぞれで微妙に意見は違うはずだ。それを一人一人考慮していては、結論など永遠に出るはずもない。
絶対君主の国ではあるが、個人レベルでの紛争は、公明性大を基本とし、裁判はもちろん、民間での調停組織なども存在している。絶対君主の国というのは外から見るのと、中とではかなり違っていることも往々にしてあるようだ。
ただ、アクアフリーズ王国内に存在している諜報機関は、国際レベルで見ても、最優秀レベルと言ってもいいだろう。クーデターはもちろんのこと、他の国との密約なども、針の穴を通すかのような正確性がなければ成功することはない。
もし見つかれば、極刑に処せられることは当然で、本人だけではなく、家族親類に至るまで処刑されるという思い罪であった。何しろ犯罪レベルは国家反逆罪となるのだから当然と言えば当然のことであり、これはアクアフリーズ王国に限ったことではない。
シュルツ長官がクーデターなどなかったと言い切るのは、それだけの国家体制が盤石であることを示しているので、シュルツ長官とすれば、胸を張って言えることであったに違いない。
それだけ強固で鉄板な組織を有しているのに、なぜシュルツ長官は他の国からの監査を気にしているのだろう?
確かにアクアフリーズ王国は、分裂してからというもの、国際機関に入られたことは一度もなかった。それだけ国際社会からも信用されていたと言えるのだろうが、それも国内の諜報機関というのが、他国に侵入しているわけではないということが証明されていたからだ。
「我が国は他国を侵略する意思はまったくない」
ということを、過去からずっと宣言していて、数百年前から永世中立国として君臨していた。
ただ、国防という目的から軍隊は保有していて、重大な国際紛争が持ち上がった時、国際連合軍を組織することがあったが、その時は自国軍を派遣することはあった。当然、依頼があっての派遣なので、永世中立国としての尊厳を保ったままであった。
「絶対君主というのは、ぞの大前提に平和を目指すということがあってこそなんだよな」
とシュルツに聞いたことがあった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次