ジャスティスへのレクイエム(第一部)
「相手を完膚なきまでにやっつけて、そのうえで講和に持ち込めば、すべての要求は満たされるだろう」
という単純な考えしかないのだ。
かつての帝国主義時代の戦争であれば、そんなこともあったかも知れない。
しかし、人類は世界大戦を教訓に、戦争をするにも秩序とモラルを守ることを優先していた。
戦争に大義が必要なのは当たり前のことだが、それを国際社会が認めなければ、それは侵略でしかないのだ。
そんな社会状況の中で、世界は三大強国がそれぞれの体制を世界に展開していた。
途中までは二国間だったのだが、信仰国家が宗教団体を背景にもう一つの大きな組織を国家ぐるみで作ったのだ。
体制が二つの時よりも三つになってしまったことで、三つ巴の様相を呈してきて、三すくみを形成した。どこかが強くなるとバランスが崩れて、どこかの体制を崩そうとしても、もう一つの勢力から自分たちが攻め込まれる。完全に三つの体制は三すくみを形成していた。
この状態で核戦争を考えた時、体制が二つの時よりも、もっと切実な問題になっていた。それは三すくみの状態を崩すには、絶対的な兵器の使用しかありえない。だが、自分たちが使うと、もう一つの国が報復でこちらに打ってくるだろう。そうなると、最初に打たれた方は、目標をこちらに向けているわけではないので、発射はもう一つの体制の方になるだろう。完全に三角形の打ち合いで、世界の滅亡を意味していた。
これは体制が二つの時よりも切実な問題だった。
「不測の事態が起こるとすれば、それだけ体制がたくさんあることが条件だ」
と言われていたが、まさしくその通りだ。
「そのためにWPCが発足したのに、実際にはその力が及んでいない」
と、それぞれの体制の宗主国は思っていた。
国際会議に出ても、議題はあっても、その結論が出ることはない。それぞれの体制が相手を認めようとしないからだ。
「ここで認めてしまっては、負けを意味する」
そして自分たちの体制の消滅が、そのまま核戦争を引き起こすと、真剣に三つの体制の宗主国は考えていた。
そのため、
「戦争を起こす時は、最新鋭の兵器を使用することを禁じる」
と言われてきた。
そのうちに戦争は百年前の、大量殺戮兵器が生まれる前に戻ってしまった。
陸軍は歩兵や騎兵が中心で、自動車も装甲車やバイクが中心だった。
さすがに百年前とまったく同じとは言わない。兵器を使用することはあるが、相手を大量に殺戮することは許されないだけだった。要するに、
「宝の持ち腐れ」
なのだ。
戦争は塹壕戦が主だった。
つまりは持久戦ということを意味していて、大量虐殺はないが、兵士にはそれだけ長期間の緊張と恐怖が植え込まれていくことになった。
そんな状態で民間人への殺戮や強姦、略奪がなくなってしまうと兵の士気は地に落ちることだろう。上層部も完全に禁止することはできず、ある程度放任状態になっていた。
「こんな世界をかつての世界大戦を戦った人は想像もしなかっただろうに」
と一部の兵は思っていた。
せっかく世界大戦を戦っていたのは、
「この戦争が終われば、世界は恒久平和が訪れる」
と思っていた人もいるだろう。
ただ、戦争という異常な状態で、そんなことを考えていた人がどれだけいるか疑問だ。しかし、この精神が軍の士気や軍紀を強固なものとして、最悪の虐殺を防いだという意見もあった。
しかし、大戦が終わると、それまでくすんでいた火が、燃えあがった。つまりは戦争というのは一つが終わっても、燻っていたものが燻りだされただけで、ドミノ現象のように半永久的に続いていくものなのだろう。
塹壕戦を戦うことで、兵士はそれまでのストレスが次第に精神を空白にしていった。
「やつらは戦うマシーンとなってしまったのだ」
と科学者に評されたが、まさしくその通りだ。
アレキサンダー国もチャーリア国も、お互いに相手を侵攻しようとは思わず、国境付近で睨みあっているだけだった。
「いつかは戦端が開かれてしまう」
と両国の軍幹部はそう思っていて、政府に総動員を求めたが、
「今はその時ではない」
として、どちらも相手にしなかった。
アレキサンダー国は、額面上のことであり、一種の油断だったのだが、チャーリア国の方は、相手を刺激しないことを前提に、できるだけ外交でことにあたろうと思っていたようだ。
外相同士の話し合いも何度も持たれたが、ほとんどいつも平行線でしかなかった。
シュルツが自ら出向くこともあったが、アレキサンダー国はチャーリア国を完全に下等な国家として見ていて、戦争の勃発に委任統治国であるジョイコット国が戦争に関わっているという意識を相手に感じさせないようにしていた。
だが、ジョイコット国の存在がお互いの国を一触即発にしていることはシュルツには分かっていた。チャールズにもそのことは話していたが、
「だったら、ジョイコット国を手放せばいいじゃないか」
と言われたが、
「あの国は、今の状態では利用価値はほとんどありませんが、いずれ我が国にとって重要な役割を果たす国になると私は思っています。今は火種になりかねない存在だけど、手放すことは許されません」
というと、
「そんなものなのかな?」
とチャールズは納得がいかないようだったが、
「そうです。あの国は我が国にとってんp切り札になります。それをアレキサンダー国が分かっているかどうかは分かりませんが、少なくとも相手国もジョイコット国の存在を気にしているにはそれなりの理由があると思われます」
「どんな理由なんだい?」
「それは今のところ分かりませんが、相手も一触即発を覚悟の上でジョイコット国を意識させているんだから、重要だということです」
「アレキサンダー国は我が国と戦争をしたいんじゃないのか?」
「その考えもあるでしょうが、総合的に考えて、まだ時期尚早だと思われます。時期がずれ込めばずれ込むほど、アレキサンダー国には不利な状況になるということを分かっていると思いますからね」
「どうして?」
「そうじゃないと、こんなに挑発してきませんよ。相手は戦争をしたがっているんです。しかも、自分たちから仕掛けたのではその時点で負けだと思っているんでしょうね。こちらから仕掛けるように誘導しているのは分かっています。今はその挑発に乗ってはいけません。時期がくれば、こちらも十分な準備をして事に当たるということが必要です。そういう意味で、今はお互いに一触即発という不測の事態を招かないようにしないといけないんですよ」
「もし、不測の事態から戦争に突入したら、どっちが不利なのかな?」
「それは明らかにアレキサンダー国です。不測の事態であれば、こっちにも大義名分ができますからね」
「ということは、今はこちらには大義はないと?」
「ええ、ありません。だから挑発に乗るわけにはいかないんです」
シュルツは、戦端が開かれるのを待っているのか、それとも不測の事態を待っているのか、今はその時期ではないと強調するだけだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次