ジャスティスへのレクイエム(第一部)
まわりを見ていて、海外のことを知っている人などどこにもいないように思えた。学校の先生でも、父親の側近の人間でも、彼らが海外を知っているとは思えない。偉い人たちには違いないのだろうが、それはこの国の中にだけであって、広い世界では到底通用するものではないだろう。
そう思うと、自分の国がちっぽけなものに思えて仕方がなかった。
――こんな国にいても面白くもない――
と思って、毎日が楽しくないと思っていた。
だが、この感情はこの国にいると、誰もが避けては通れないものだったようで、遅かれ早かれ、この疑問を感じても仕方のないことだった。
ほとんどの人は二十歳前後に感じるものだ。学生時代までは自分たちの今の生活に何ら疑問を感じることもなく、完全に教育という言葉の後ろで働いている国家の力になずがまなにされているという状況だった。
だが、シュルツは十歳に満たない時点でそのことを疑問に感じた。しかし、十歳にも満たない自分に何もすることはできない。分かりきっていることなので、諦めではないが次第に自分の立場を理解するようになってくる。それは二十歳前に同じ感覚になった人と同じなのだが、若すぎるがゆえに、シュルツはその時点から考え方が「大人」になっていたのだ。
父親を見ていると、
「仕方がないからやっている」
という諦めの境地からではないことが分かってきた。
――お父さんのどこからそんな感覚が生まれるんだろう?
父親の態度を見ていると、いやいややっているという雰囲気でもない。やる気が漲っているというわけではないが、そこまで考えてくると、
「自分にできることを精一杯にやっているということに満足しているんだ」
と感じた。
シュルツ少年は、そんな父親を見ていて疑問を感じた。
自分ができることだけを一生懸命にやっているのであれば、さらにその先への欲が出てくるはずなのに、そこで満足してしまう気持ちが分からなかった。
自分だったら、できないならできないなりに、どうすればできるようになるかを絶えず考えているに違いないと思った。絶えず考えているのだから、少なくとも今の自分と同じような目で見ていれば、容易にその気持ちをくみ取ることができると思っていた。
それなのに、父親を見ていても、絶えず高みを目指しているという様子が見受けられなかった。完全に目の前のことをこなすことだけで満足していたのだ。
――お父さんは、ここに飽和状態を感じているんだろうか?
飽和状態というのは、考えるだけ考えて、もうそれ以上考えられないと思える場面をいうのだろう。
しかし、父親に感じる飽和状態は違う。これ以上考えらないわけではなく、本当に満足していると思えるところだったからだ。
――こんなところで満足するなんて――
子供から見れば、失望したと言ってもいいくらいだった。
ずっと尊敬していたはずなのに、尊敬に値しない父親を見つけたようで、自分の中で一番最初に父親に対する矛盾を感じたのはその時だった。
それ以降、父親に対して何度か矛盾を感じるようになった。
そのことが、
「いくら親子であっても、考え方がまったく同じというわけではないんだ――
という当たり前のことに気付かせた。
こんなことは他の人なら、もっと小さな頃に気付きそうなものなのに、どうしてこんな常識とも言えるようなことにシュルツは感じなかったのだろうか?
そう思った時、
――いつの間にか洗脳されていたのではないか?
と感じた最初だった。
父親を見ていると、そのまわりにいる人も同じ考えで固まっているようにしか見えない。
――それでいいんだ――
とずっと思ってきたが、そう思えば思うほど、おじさんの話が面白かったことを思い出す。
――おじさんの話って本当なんだろうか?
尊敬している父や、まわりの人を見ている限り、おじさんの話には信憑性を感じられない。
「そんな話、信じるんじゃない」
と、無言でまわりから言われているようだ。
だが、そう思えば思うほど、信じちゃいけないという言葉のどこに信憑性を感じられるというのだろうか。
「いいか、お前はこのまま私を見ながら。この国を支えられるような男になるんだぞ」
と父親から言われていた。
だが、父親に矛盾を感じるようになって、
――お父さんの様子から、この国を支えているという意識が見えてこないのはどうしてなんだろう?
と思うようになると、この国には、自分の知らない何かの魔力が潜んでいるようにも思えてきたのだ。
相変わらず、この国にいる以上、他の国の情報は入ってこない。学校の授業で、世界のことも勉強するが、あくまでも世界史という観点からで、現在の政治体制などは、この国のことしか教えてくれない。
教えてくれる現代のことといえば、あくまでも地理的なことであって、どの地方では何が取れるであったり、どんな地形なのかということと、我が国に友好的な国については教えてはくれるが、それ以外の国は、どんな人種が住んでいるのかすら教えてはくれない。
学校を優秀な成績で卒業し、実際に国の要職に入ることができたシュルツは、国王つきの秘書的な立場になった。
その時になって初めて父が今の自分と同じポストにあり、同じ目でまわりを見ていたのかということが分かった。
自分も同じ立場になったシュルツは、やっとその時、父の気持ちが分かった気がした。
そして同時におじさんの気持ちも分かってきた。
――あの時のおじさんの話は、半分は本当だったんだけど、半分はウソだったんだな――
と感じた。
おじさんは知っていることは隠さず話さなければいけないと感じているタイプなのだろうが相手が政府要職についている兄の子供ということで、おじさんなりのジレンマを感じていたのだろう。
シュルツはそのジレンマの正体をハッキリとは知らない。だが、誰よりも一番分かっているということは間違いないと思っている。なぜならシュルツの中にもジレンマや矛盾が存在していて、その元凶となっているのが、この時のおじさんに感じた矛盾やジレンマだったからである。
アクラフリーズ国には、他の国からの諜報部員が潜入していることは危惧されたことであった。諜報部員とはいわゆるスパイのことであり、国家機密にしていることを、いとも簡単に盗み出し、自国に持ち帰って、外交のカードに使ったり、戦争になった際に、自分たちが有利に立ち振る舞えるようなその国の最高国家機密なども含まれている。
アクアフリーズ国にもスパイは頻繁にやってきていた。特に隣国のグレートバリア国からは頻繁だった。
ただ、スパイ行為は自分たちアクアフリーズ国もやっていて、要するに相手の諜報に関してはお互い様というべきであった。
だが、これは実際に戦争になった時には、大切なことだった。
どんなに兵器が優秀であったり、部隊が精鋭であったとしても、その情報が相手に漏れてしまっていれば、その時点で負けは確定したようなものだと言ってもいいだろう。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次