ジャスティスへのレクイエム(第一部)
すなわちその国独自の産業が存在し、産業のおかげで他国に干渉されないほどの巨大な富を手に入れて、それが代々受け継がれる王国であったり帝国が存在する。他の国がここまで歩んできた紆余曲折とはまったく関係のない国である。
チャールズ王の国であるアクアフリーズ王国もm隣国のグレートバリア帝国も同じで、その昔はもっと両国は親密だった。
王の妃を隣国の姫から迎えたりすることも頻繁にあり、それぞれの王家は親戚関係でもあった。だからと言って長い歴史の中で、お互いの国は敵対しなかったことが一度もなかったわけではない。その昔の中世の時代には、この二国の戦争が周辺国を巻き込んで、数十年も続くという泥沼の戦争を巻き起こしたこともあった。
「この二国は因縁の国なんだ」
と中世の人たちは、そう思っていたことだろう。
確かに因縁はあった。それぞれに姫を人質に取られているような関係だったこともあり、外交に従事している人間は大変だったことだろう。一触即発で戦争が拡大してしまうと、この二国はおろか、周辺国も多大な技セを出し、想像を絶する難民を生み出し、世界は大混乱に陥ることは目に見えていただろう。
中世の頃でそうだったのだ。近代になっての戦争は、それはそれは悲惨を極めていた。世界大国の思惑がそのままそれぞれの国の陣営となっての世界大戦。
「バックには大国が控えているから安心して戦え」
と小国の兵は言われたのだろうが、後ろに何がいようとも、先陣を切らされて最前線に送り込まれ弾薬の矢面に立たされるのは自分たちなのだ。
「こんなのやってられるか」
と思っている人も多かっただろう。
しかし、ほとんどの国では、国家最上主義だったので、国家のために命を投げ出すのは当たり前だという教育を受けていた。たとえやってられないと少しは感じたとしても、国家のためだと思うと、すぐにそんな気持ちを打ち消すというものだった。本当に、
「戦う機械」
というのが、その頃の生身の人間だったのだ。
だが、世界大戦が終わり、両者痛み分けのような戦況で終了したことで、世界のほとんどは廃墟と化した。その時に初めて兵は思うのだろう。
「国家のためと言って、結局国家を焼け野原になるようなことを続けてきたのは最前線の俺たちなんだ」
と思ったことだろう。
荒廃した中から見つけたのは、国家の復興と、大国に頼ることのない自国の繁栄という思想だった。実際に知識人と言われる人たちが独立思想を唱え始めると、あっという間に独立思想が広まって、ブームのようになった。ちょうど秘密結社が生まれたのもその頃で、彼らはそんな思想主義で固まった連中の血の上に、自分たちの金欲を積み重ねていったのだ。
彼らには武器は少なかった。以前自分たちの国に進駐していた国が武装解除されて放棄された武器くらいしかなかった。
国家としての兵器はあくまでも国家防衛のための武器であり、クーデターの武器などではない。
そんな時、
「死の商人」
と呼ばれる集団が、個々に存在していた。
殻らはのちの秘密結社になるのだが、まだその頃は一企業に過ぎなかった。彼らは財閥と言われる連中で、世界大戦終了後に解体される予定だったが、その計画を実行する前に独立機運が高まったのだ。独立機運はそれほど急速に高まってきたのだが、一説には、
「財閥が自分たちの解体を逃れるために、独立運動に一役買っていたのではないか?」
と言われた。
世界秩序の安定には、財閥解体の前にいろいろなハードルがあった。軍縮であったり、敗戦国の処罰。さらには戦勝国による世界の分割の問題があったからだ。
世界分割の問題は結構大きかった。戦勝国が一枚岩であればそうでもなかったのだろうが、まったく体制の違う国家が戦勝国で三大大国として君臨しているのだから、複雑な世界情勢を描いていた。
チャールズ国王は、帝王学を学ぶ際にもそのあたりはしっかりと教えられた。
ただ、あくまでも国益を重視する教育なので、どこまでが真実だったのか、疑わしいものだった。
「中にはウソもあったのでは?」
と国王になってからも考えることがあったが、それを証明してくれる人は誰もいない。
チャールズが唯一信用できるのは、シュルツ長官だけだった。他にも本当は信用できる人もいるのだろうが、あまりにも自分が子供の頃に受けた教育が偏っていたと思っていたので、柔軟に対応してくれるシュルツしか信用できなくなっていた。
実は、これはシュルツの計算でもあった。もちろん、すべてそのために他の人に極端な帝王学の先生として君臨させたわけではないので、仕方のないところも正直いってあっただろう。そう思うと最初からシュルツの中で計算が出来上がっていたとは思えないところもある。本当に最初から分かっていたのであれば、彼は天才であり、これから起こることにも予感めいたものがあったことだろう。
悲しいかな、シュルツ長官にはそこまでの才覚があったわけではない。ただ、少なくともアクアフリーズ王国の中で、最高の頭脳であることは分かっていた。だから余計にチャールズはシュルツしか信用しない。絶対的な信頼を持てる人が一人いれば、他の人にも信頼を寄せるというのは、絶対的な相手に対して失礼だという意識があったのだ。
これは帝王学の中から学んだことではない。チャールズの中にある人間としての理性がそう思わせるのだろう。結果として偏見の目で見てしまうことになったが、これこそ人間らしいというべきことであり、チャールズの考え方と誰が責めたりすることができるであろうか。
チャールズはまわりからは、
「しょせん、生まれながらの王子であり、世間知らずなんだ」
と思われていた。
だが、チャールズはそんな浅はかな連中が想像もつかないほどの頭の回転を持っていて、それを分かっているのもシュルツだった。
シュルツは最初、チャールズを恐れていた。自分で隠そうとしている思いを、チャールズになら看過されてしまうのではないかと思ったからだ。しかし、それ以上にチャールズは純粋だった。シュルツを疑うことはまったくなく、その純粋さがいずれ不幸を招くことになるとは、その時はまったく感じていなかった。
「シュルツ。お前だけが頼りだ」
という言葉をシュルツはいつしか額面通りに受け取るようになっていた。
――俺がこの国のナンバーツーだ――
と自他ともに認めるシュルツだったが、それでもやはりチャールズ国王への忠義を忘れることはなかった。
チャールズが皇太子の頃、結婚の話が持ち上がったのは、チャールズがまだ十九歳の頃だった。アクアフリーズ王国では、王位継承者の結婚は皇太子の間に行われるのが通説で、しかも未成年のうちに婚礼を成立させることがしきたりのようになっていた。
もちろん、それまでに国王が崩御などしたりして急遽の王位継承が仕方なく行われることになった時はしょうがない。それ以外ではこれまでのしきたりとして破られたことはなかった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次