ジャスティスへのレクイエム(第一部)
他国には他国のルールがあり、国民感情も存在する。他国の混乱に乗じて軍事介入をする場合、名目も必要になるが、たいていの場合、その名目というのは、
「居留民の保護」
というのが一般的である。
その際に居留人の中には、諜報活動に従事する者もいて、彼らの情報が介入には必要不可欠である。今のアクアフリーズ国に介入するということは、下手をすれば、介入することで世界各国からの非難を浴びかねない。
その時のアクアフリーズ国内の混乱は想像を絶するものがあった。
略奪、強盗、強姦、虐殺などが蔓延り、秩序などという言葉はどこへやら、同一民族同士の無秩序は、他国からの侵略とは違って、悲惨を極めていた。
シュルツとチャールズは、そんな母国を憂いながらも自分たちにできることを着々と進めていた。
まず最初にしなければいけないのは、自分たちで独立国家を築くことだった。それには必要なものはいくつかあるが、アクアフリーズ国から亡命した時に一緒に持ってきた、
「王位継承の際の神器」
がまず絶対だった。
王位継承の際の神器に関しては、アクアフリーズ王国内部はもちろんのこと、国際社会的にも認められているものであり、たとえアクアフリーズ国内部での王位継承ができなくなったとしても、正当な王家を継承するという意味で神器を持っているということは、どんな政府よりも強力であった。
「これさえあれば、独立国家を築くことはできますよ」
と、シュルツは言った。
「逆にいえば、これがなければ、どんな政府を作ったとしても、それは神器を持った政府よりも劣るということです。これは国際的にも認められていることであり、国際社会の特例とも言われています」
と続けた。
この話は帝王学を学んだ時に聞いていた。そのため、
「我が国は、他の国にはない特殊な国家体制を築いているんだ」
と思うようになっていた。
しかし、この話はアクアフリーズ国内の、一部の人しか知らないことだった。
王家はもちろんのこと、政府でも一部の人間だけが知っていることで、軍部にはそのことは知らされていなかった。つまりはクーデターを起こした革命政府はそのことを知らない。だから、農地改革が失敗したことも、さらに今の無秩序状態がどうして起こったのかということも分かるはずなかった。
当然、アレキサンダー国としても、アクアフリーズ国のこの混乱はまったく想定していないことだった。
「絶対王政の国を解放してやれば、我々を解放政府として迎え入れてくれる」
と単純に考えていたからだ。
だから、今でもアレキサンダー国はおろか、世界のほとんどの国ではアクアフリーズ国のことを、
「信じられない事態になっている」
と思っていることだろう。
そして、この混乱がいつまで続くのか分からず、今は手をこまねいて見ているしかないと思っていた。
アクアフリーズ国内部では、まわりの国が考えていることと違うことを考えていた。
実は。このことは昔から伝わる神話に予言されたことであった。
「ある時代になると、王政が突然共和制に変わり、他から介入してくる国家があるが、彼らには我が国の体制を分かっていないので、改革をいくら施そうとも失敗に終わり、国は混乱する。無秩序状態が続くことで荒れ果てた国家になってしまうが、やがて国王が凱旋され、国の秩序を取り戻される。それまで国民は耐えなければいけないが、それもそんなに長い時期ではないだろう。そして、凱旋された国王によって、我が国は恒久平和を取り戻すことになる」
というものであった。
国民は、教育でそう教えられてきた。
もちろん、神話なので自分たちの時代に起こることだとは思っていなかっただろうから、他人事のように思っていたはずだ。しかし、実際に起こってしまうと、神話に対しての信憑性を疑う者は誰もおらず、ひたすら国王の凱旋を望むようになっていた。
しかも、この神話の内容は、介入してくる連中に知られてはいけないという言い伝えもあることから、余計に他国の人々には、アクアフリーズ国を不思議な国としてしか見ることができなかった。
「迂闊に介入なんかできない」
実際に介入してしまった国は、撤収するにも身動きができなくなってしまって、派遣した軍を見殺しにするしかなかった。見殺しにすることで介入した国の政府は、自国民からの信任を失い、中には革命を起こされた国家もあった。
「あの国に関わると、ロクなことはない」
と言われるようになり、まるでアリジゴクのような国家だと評されるようになっていった。
そんな状態のアクアフリーズ国に介入することはタブーであったため、アクアフリーズ国から他に逃れることは、案外と難しいことではなかった。まわりは介入できないので、少し離れたところから眺めるだけしかできない。そんな状態で、国外に逃れる人をいちいち確認などできるはずもなかった。
しかも、武器の流出も同じことで、国外に逃れる難民に紛れて、武器も流出していった。さすがに戦車などの軍事車両や、戦闘機などの大きな兵器を簡単に流出はできないが、銃火器や弾薬は少しずつ難民と一緒に海外に流出していった。
その行先は、
「チャーリア国」
という新興国だった。
この国が独立を宣言したのはまったく他の国から見れば寝耳に水のことで、電光石火の建国宣言だった。
この国の国家元首としての大総統にはチャールズが就任し、首相としてチャールズを補佐する立場にはシュルツが就いた。要するにチャーリア国というのは、チャールズとシュルツが、
「できることをやった結果」
として建国された独立国だったのだ。
実は、シュルツとチャールズの存在は、国際社会からは忘れられた存在になっていた。アクアフリーズ国でクーデターが起こり、実際にはアルガン共和国に逃れた二人だったが、その動向を知っている人は、誰もいなかった。アルガン共和国でも、二人の存在は国家機密となっていて、政府首脳の一部しか知らなかったのだ。アルガン共和国での二人の生活は実に質素で、まさか元国王と軍部首脳だとは思ってもいなかっただろう。
「生きていたんだ」
と、どこの国の首脳もビックリしていたが、一番驚きと歓喜を持ってこの情報がもたらされたのがアクアフリーズ国に残っていた国民たちだった。
アクアフリーズ国からの難民たちは、人知れず二人が生きていたことを個人的に知らされており、彼らの国外への逃亡を補佐する機関をシュルツは持っていた。
元々シュルツは、クーデターが起こった際、自分たちが亡命する以前に、国王親衛隊というべき精鋭部隊を、最初に国外に避難させていた。自分たちの亡命が成功したのも、この精鋭部隊が裏に存在していたからだった。
彼はその精鋭部隊を使って、これから独立国家であるチャーリア国の国民として、そして兵隊として存在してもらう人間を確保していたのだ。
そして、銃火器や弾薬もしっかりと独立国に搬入することができたのだ。
実際の重火器や戦車などの軍事車両、戦闘機などは精鋭部隊によって他国に手配されていて、密かに独立国に持ち込まれていた。武器弾薬の流入により、それらの兵器に息が吹き込まれることになるのだ。
すべてはシュルツの計算通りに進んだ。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次