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ジャスティスへのレクイエム(第一部)

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 しかし、チャールズの父親は、アルガン共和国にて多く学んだのは帝王学ではない。歴史学を専攻していたのだが、その時学んだことを中心に王国に君臨したことで、王国は繁栄を迎えることができた。
 チャールズが帝王学だけを学べばよかったのも父親のおかげだと言ってもいいかも知れない。そんな父親と一緒に学んだのがシュルツだった。
 父親とは主君でありながら、唯一友達として話ができる相手だったこともあり、あの時の父親の側近で、いまだに現役で国王のそばにいるのは、シュルツだけだった。
「歴史学というのは、本当に面白いよな」
 と父親は言っていた。
「ええ、そうですね。私もそう思います」
 立場が違っていたので、父親とシュルツは同じ感覚で理解できたわけではない。
 その時のシュルツの答えは曖昧だったが、それくらいのことは父親には分かっていた。分かっていたが、別に咎めることもなく、やりすごした。それはシュルツのプライドを傷つけないようにしたからだ。
 この考えが、今のシュルツにはある。
「相手を陥れることは簡単だけど、いいところを引き出して、それをこちらの有利に利用しようというのは難しいことなんですよ」
 とシュルツは以前、チャールズに言った。
「どうしてだ?」
「陥れるのは自分だけの感情で済むんですが、相手のいいところを引き出すというのは、相手の気付いていないいいところを指摘して、それを引き出すために言葉も選ばなければいけない。相手を分かったうえで、自分も分からないとできないことなんですよ」
 というシュルツに、
「なるほど、難しいんだな」
 とチャールズが言ったが、
「その通りです。私はそれをあなたのお父上様から教わりました。だから、今度は私がチャールズ様にお教えする番です」
 と、言った。
 これはシュルツの本音だった。究極の目標と言ってもいい。父親が自分に何をどのように伝えたかったのか、その頃のシュルツには分からなかったが、今は分かるような気がする。相手がチャールズであることがシュルツには嬉しかった。
 シュルツは、今回の亡命先にアルガン共和国を選んだのはそういう理由もあった。
 アルガン共和国は父親の時代から一番の友好国として優遇されてきた。今の国王になってからもそれは変わりない。
 普通であれば、国王が変われば、相手国も警戒して一歩引いて見たりするものだが、アクアフリーズ王国にシュルツが代表でいることで、その心配はなかった。
「シュルツ長官が私どもに対して代表者を務めていただけるのであれば、私どもは安心してこれまで通りの友好を保つことができます」
 と、相手国からも言われ、シュルツも安心してアルガン共和国を友好国として認識し、条約も協定も数多く結ぶことができた。
 その中には密約と呼ばれるものもあった。
 それぞれの国が窮地に陥った時に発効されるもので、今がまさにその時なのだが、発効期間中であっても、それを公にすることはできないと、密約には記載されていた。
 なぜなら、非常事態における発効なので、敵対している集団にそのことが分かってしまうとせっかくの密約の意味がなくなるからである。二人を受け入れてくれたのも、この密約があったからだが、これだけでは借りを作っただけになってしまい、シュルツのプライドが許さない。
「早く何とかしないと」
 とシュルツは考えたが、彼の中に焦りはなかった。
 アクアフリーズ国は、国名を変えることはなく、体制を絶対王政から共和制に変えただけであった。しかし、国際的にはアクアフリーズ国はあくまでも王国であり、国名を変えることは、まったく違った国になるということで、それは革命による新国家建設を行ったことになる。
 それはアレキサンダー国としてはあまりありがたいことではなかった、
 アクアフリーズ王国という名前は、その国名という言葉以上に強力なものだった。他の国との協約もアクアフリーズ王国という国と結んでいると、協約には明記されていた。それはまるでクーデターが発生するのを予期してでもいたかのようだが、そんなことがあるはずもなかった。
 だが、国名を変えずに体制だけを変えるということは国民感情としては、急速な変革に対しての戸惑いと混乱を招かないという意味でもありがたかった。国民は絶対王制に対して、まわりから見るほど不満があったわけではない。国王に対しては尊敬の念を持っていたし、それは教育やプロパガンダなどの宣伝によるものではなく、実際にそう思っていた。そんな状態で、
「急に共和制と言われても」
 と感じている国民はたくさんいたということだ。
 しかも共和制と言っても、政府が敷いている政治体制は軍政である。軍部による抑圧の上に成り立っている政府なので、国民は今迄から比べると、自由に対しての制限や搾取されているという発想が大きかった。
 しかも、新政府が共和制の中で行ったこととして、農地改革があった。従来の地主と小作人という体制から、小作人自身の土地にして、彼らに直接年貢という税を課すというものだった。
 これは封建的な体制からの脱却としては必要なことなのだが、今までの国家体制から考えると、国王という君主がいて、さらにそこから政府、国民がいるという体制なので、封建制度が成り立つにはちょうどよかった。
 もちろん、封建制度を世界から遅れた旧体制として危機感を抱いていた人もいるだろうが、実際にはうまく行っていたのだ。それを急速な民主化によって推し進めた農地改革の結果、地主の破産と、小作人の意識の薄さは想像以上に混乱を招いた。
 指導者のいない農地改革では、年貢を納めることができなくなった農地を離れる農民が続出し、土地は荒れ放題。次第にそれまで取れていた農作物が取れなくなったことで、食糧危機に陥り、農地改革の失敗が、そのまま民主化の失敗を意味するようになっていった。
 各地で起こった暴動を軍部は抑えることができなくなり、次第に軍部の崩壊が現実味を帯びてくる。それがそのまま民主政府の崩壊に繋がり、一時期アクアフリーズ国は無政府時代を迎えることになった。
 無政府時代というのは、無秩序を意味している。事の重大さに危惧したアレキサンダー国は、すぐに臨時政府と称し、傀儡政権をアクアフリーズ国に作った。しかし、無政府の状態にどんな政権を傀儡で作ったとしても、その力は皆無に等しい。誰も臨時政府の言うことを聞くわけでもない。何しろ政府として明文化した体制があるわけではない。あるのは過去の王国時代の法律だけだった。
 アクアフリーズ国は無数の体制に分断され、いくつもの政治団体ができあがり、完全に無法地帯と化してしまった。そんな様子をシュルツもチャールズも言い知れぬ憤りを持って受け入れるしかなかったのだ。
 そんなアクアフリーズ国に対して、他の国からの干渉はほとんどなかった。混乱に乗じて体制を自国に取り込めるような状態であれば介入もできるのであろうが、下手に介入して自国の軍隊を壊滅させるようなマネはできるはずもない。
「介入するということは、撤収する時を見定められる状態まで計画していなければ、できることではない」
 というのが、他国への内政干渉を目論む場合の条件である。