ジャスティスへのレクイエム(第一部)
それでもシュルツ長官の顔の広さというか、人格のよさというか、受け入れてくれる国は存在した。さすがにそこでは今までのような国王としての生活ができるはずもなく、二人は元国王と国家首脳であることを隠して生活しなければいけなかった。差し当たっての生活費は国が補償してくれるとのことだが、それも限りがあるようだ。それでももうそれ以外に二人の行き場はなかった。チャールズは頭の中を完全に入れ替えなければいけない状況に追い込まれていた。
だが、チャールズはシュルツの思っていたよりもずっと順応性に長けていて、庶民の生活にもさほど苦労することはなかった。それだけでもシュルツは安心できた。
「シュルツには感謝しているよ」
というと、
「何をおっしゃいますか、チャールズ様がここまで順応性があるお方だとは思ってもいませんでした。私の方こそ、お見それしておりました」
と恐縮した。
ここでは二人は親子ということになっている。表向きにはシュルツがチャールズを権威で見守り、家の中では、今まで通り、国王として敬っていた。だが、表向きの態度も今までとは変わっていない。チャールズは国王としても、シュルツをまるで父親のように感じていた。
――少し口うるさいけどな――
とは感じていたが、その言葉の中には必ず勉強になることが含まれていて、母国にいる頃からチャールズはシュルツの言葉を聞き逃すようなことはなかった。
母国から亡命してきたとはいえ、思いはいつも母国のことであった。
「いずれは時期が来たら、また母国に戻りたい」
とシュルツに話をしていた。
「分かります、そのお気持ちは。私もできるだけのことはしたいと思いますが、今はまだその時期ではありません。まずは生活をすることだけに集中しましょう」
とシュルツは言ったが、もちろんチャールズにもそんなことは分かっていた。
チャールズは知らなかったが、シュルツはこの国での生活を確立させながら、並行して母国の元部下連中と連絡を取り合っていた。
実はシュルツが亡命先をこの国、アルガン共和国を選んだのは、この国が以前から母国と通商を行っていて、自分がその最前線で動いたことと、今回のような非常事態に備えて、母国とのホットラインを結んでいたことが大きかった。
ホットラインは、アルガン共和国の議事会館や首相官邸にあるわけではない。一般の施設に築かれていた。それを知っているのはシュルツと彼の腹心の部下だけであった。もちろん、母国にいる部下が、いくら腹心だとはいえ、傀儡政権を作ろうとしているアレキサンダー国に蹂躙されないとも限らない。だから、シュルツが母国と連絡が取れるのも時間的に限られていた。
そんな限られた時間をシュルツは最大限に利用した。ある程度の情報を得たり、資金援助を水面下で進めてくれたが、
「君に危険が迫ったり、アレキサンダー国の傀儡政権の樹立が本格化してくれば、君の裁量で、このホットラインを壊してくれ」
と話をしていた。
部下も十分に分かっていて、実際にアルガン共和国に二人が亡命してから三か月後にはこのホットラインが繋がらなくなっていた。
しかし、三か月というのは、シュルツにとって十分に理解できる期間だった。むしろ長かったくらいのもので、三か月もホットラインが継続できたということは、アレキサンダー国の侵略計画もさほど進行が速いわけではなく、まだまだ付け入る隙はあるというものだと考えていた。
シュルツは母国の軍隊をいまだに掌握していた。侵略軍がやってきたとしても、それは駐留目的であり、強い力での支配ではないことが分かっていた。
アレキサンダー国はクーデターによる革命政府であるため、一般の市民からどこまで信任されているのか分かったものではない。したがって、まずは国内の情勢を整えることが急務であり、ただそのために、この機に乗じて、隣国から侵略を受けないようにしなければならないというジレンマから、隣国への侵略を行ったのだ。
侵攻は本当の意味での侵略目的ではなく、他国を牽制するもので、自国へ脅威となりそうな政権は打倒し、傀儡政権を樹立することで、対外的な脅威を取り除くことが一番の目的だった。
だからこそ、母国への侵略が思ったよりも時間が掛かっているのも頷けるというもので、亡命した二人を必死になって探すということもないだろうという思いから、亡命を考えたのだ。
少なくとも亡命することで、アレキサンダー国の支配から逃れることができる。何かをする自由が得られるということは、シュルツにとって一番だった。あのまま国内にいては彼らの支配の中、どうなるか分からなかった。
だが、さすがに処刑はないと思っていた。処刑などしてしまえば、国民の反発は必至で、せっかく傀儡政権を作っても、彼らに対しての支持は得られないはずだからである。
シュルツは、そこまで構想を描いていた。そしてその想像はほとんど当たっていて、ここまではシュルツの頭の中で描いた通りとなっていた。
母国の方はというと、いくら時間が掛かっているとはいえ、傀儡政権が樹立されるのは分かりきっていることだった。ホットラインが壊されてから一か月ほどで傀儡政権の確率はほぼできあがり、国の内外に宣言されたのは、それから半月ほど経ってのことだった。
シュルツもチャールズもさほど驚いていない。シュルツは自分の計画通りに進んでいることを分かっていたので、別に気にすることでもない。
チャールズの方は、すっかりこの四か月ほどでこの国の生活にも慣れてきて、やっと、
「これが人間の生活なんだな」
と考えるようになっていた。
この生活をまんざらでもないと思っていることで、次第に自分が国王であったことや、再度母国に戻って、王国の復活を考えていた自分が、遠い昔のことのように思えていたくらいだった。
シュルツとしては、
――それならそれでいい――
と思っている。
いくらそう思ったとしても、結局は順応性に長けているだけで、その本質はあくまでも国王なのである。その立場に戻れば国王としての気持ちが復活することは分かっていた。目を瞑っていても、王宮の中を歩くことができるくらいに身体が覚えているはずだからである。
シュルツは、チャールズに関しては何も心配していない。逆にここでの生活の中心はチャールズだと思っているからだ。
――チャールズ様は、私の本当の気持ちをお分かりなんだろうか?
と時々思うシュルツだったが、チャールズが分かっていようが分かっていなかろうが、シュルツにはどっちでもよかった。
もし分かっているとしても、黙って見ていてくれているということは、それは自分に対して信頼を置いてくれている証拠だと思うからで、逆に知らなかったとすれば、その方が自分は自分でやりやすい。
――自由に動けるというものだ――
と考えているからだった。
もし、チャールズがシュルツの考えていることを分かっているとしても、最終目標までは分かっていないだろう。
――きっとチャールズ様は私のことを分かっているとしても、それは母国への帰国と、母国の復興について考えていることだろう――
という思いだった。
だが、実際にシュルツは別のことを考えていた。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次