ジャスティスへのレクイエム(第一部)
だが、災いの元は表というよりも内部にあった。それまでアレキサンダー国の状況を黙って見ていた軍部がクーデターを起こしたのだ。これについてはシュルツの想像通りだったようだ。シュルツが悩んでいたのは、実は内紛に対しての心配で、そういう意味では最悪の結果を迎えたと言っても過言ではない。
内紛ということになれば、それを鎮圧するためには内戦が必要になってくる。アクアフリーズ王国の軍部は、一糸乱れぬ統制が売りであり、その規律を徹底させたのがシュルツだった。元々さほど強力ではなかった軍隊を他の国とそん色ないほどに作りあげた功績は自他ともに認めるものだった。
アクアフリーズ王国は、ここ数百年、戦争に参加したことはない。内紛もなければクーデターもなかった。周辺諸国に戦争が起こっても、すべて中立を宣言していた。永世中立国なのだから当たり前のことだが、そのため軍隊の存在を不要だという説まで流れたくらいだ。
しかし、いくら永世中立とはいえ、いざ戦争が周辺で勃発すると、まったく無視をすることはできない。不可抗力で戦争に巻き込まれるかも知れない。その時に自国を守れるのは、やはり自軍でしかないのだ。他の国は自分の国の権益を守るだけで必至だ。他の国のことを考えている余裕などない。永世中立国というのは平和の象徴のように思われるが、孤立した国だという認識を持つ必要がある。
ただ、永世中立国の軍隊はあくまでも専守防衛、守るだけに専念しなければいけない。侵略などはもっとの他ではあるが、それでも自分の身は自分で守るしかないのだ。
「陛下、陛下はこの国において、専守防衛とはどういうことだとお考えですか?」
と、陸軍大臣に聞かれたことがあった、
「それは、守りに徹した軍隊でなければいけないということではないのかな?」
と答えると、
「確かにそうですが、もし周辺国で自国に対しての侵略の傾向があることが判明していれば、こちらから先制攻撃を仕掛けることはできるんです。防衛のための攻撃を許しているのも国際法なんですよ」
という答えが返ってきた。
しかし、その横からシュルツ長官が、
「ただ、それも条約に明記されたことが必要なんです。慣習だけで動くのは危険な場合があります。だから、我が国が結ぶ条約には、軍の規定として専守防衛のための先制攻撃を容認するという規定が必要になってきます」
と付け加えた。
独立国家建国
今回の隣国のクーデターの場合はどうであろうか?
条約を結んだのはグレートバリア帝国であって、その後継国となっているアレキサンダー国とは、正式条約を結んでいない。
慣習上は継承されていると解釈もされるが、アレキサンダー国側から、
「あれは、前の国家が結んだ条約なので、正式ではない」
と言われればどうなるのだろう?
確かに、そう言われてしまうとどうしようもない。そのためにシュルツは今までに何度もアレキサンダー国に対して、
「グレートバリア帝国との条約を、そのまま継承していただきたい」
と交渉してきたが、なかなか彼らは首を縦に振ろうとはしない。
その代わり、交換条件として複雑な条件を突き付けてきて、シュルツを困らせてきた。シュルツの考えだけではあるが、どうやら、アレキサンダー国は答えを焦らして、何か別のことを考えているように思えてならなかった。
案の定、交渉は難航し、それがそのままシュルツの憂鬱に繋がっていた。百戦錬磨のシュルツではあったが、彼の手にかかれば、難しい条約の締結もさほど苦労はなかったのだ。それは交渉の席に着く前から下準備を怠ることなく行っていて、
「席に着いた時点で、すでに勝敗は決まっている」
と言わしめるほどだった。
しかし今回の交渉はそおほとんどが後手後手に回っていた。何しろ相手が新鋭の国家であり、情報があまりにも少なすぎた。前の国と同様に考えるわけにはいかないことは重々分かっているだけに迂闊な行動を取るわけにはいかない。何しろクーデターで出来上がった政権なのだから、それもしょうがないというものだ。
そんな状態で時間だけが無情に過ぎていく。交渉がハッキリとしないまま、革命政府は着実に国家の体制を整えていく。
ここでシュルツの計算外があったのだ。
シュルツはあくまでも交渉相手の外務大臣と直接話をしていた。もちろん、それで正解なのだが、実際の軍部が何をしていたのかということを把握していなかったのだ。
これはシュルツの落ち度と言ってもいいだろう。
それまでのシュルツであれば、いくら外務大臣と交渉を続けていても、それに関わるすべての人々の監視を怠ることはなかった。それなのに、今回は肝心の軍部の動向についてほとんど把握していなかった。実際にクーデター政権による軍部なので、秘密主義となっているのは当たり前のこと、過激な集団であるかも知れないという思いもあったので、迂闊に中に入り込むこともできない。
遠慮という言葉で片づけられるものではないが、シュルツは完全に軍部を恐れていた。
恐れながらも、もう少しだけ内情を調べていれば、彼らの意図しているところがどこになるのか、少しは分かったというもの。彼らの本当の狙いはシュルツに対して何かをしようというものではなかった。そういう意味で自分たちの行動に邪魔になるシュルツを外交という手段に足止めをしておいて、その間に自分たちの計画を進行させようという意図があったのだ。
彼らの考えていたことは、シュルツの目を外交にくぎ付けにしている間に、諜報活動を軍部の手で行おうというものだった。軍部のスパイがアクアフリーズ王国の軍部に入りこみ、そこで懐柔を図ろうというものだった。
誰を懐柔するかということが、アレキサンダー国側とすれば一番の問題だったことだろう。そこで目を付けたのが、かつてグレートバリア帝国に一定期間「研修」という名目でやってきていた将軍だった。
今でこそ将軍となっているが、彼が研修でやってきたのは、まだ将校の時代で、出世を夢見る若手だった時期だった。ちょうどその頃グレートバリア帝国の将校だった男が今では諜報活動のトップにいる。相手との交渉で一番接点があるのが、その将軍だったのだ。
諜報活動を行う時は、それまで面識もない相手であることが必須だった。少しでも情に流されてしまうと正確な情報を得ることはできない。それが諜報活動の基本だった。
しかし、いざ情報を得てしまうと、それを利用するには、まず一番自分と接点のある人間を利用するのが一番だ。将軍が選ばれたのも当然と言えよう。
その将軍は、今でこそ将軍として君臨しているが、出世に関しては、結構早い時期から諦めていた。
――どうせこの国は世襲なんだ――
将軍がどこまでの出世を想像していたのか分からないが、上にいけばいくほど、世襲が濃くなってくる。
本当の上になると、国王の血筋が占めることになるだろうが、少し下の階級の人間も、世襲で気付かれていた。
つまり、世襲ではない人間ができる出世は限られている。そういう意味では将軍となった今が一番のピークだったのだ。
――上り詰めるところまで上り詰めたんだ。俺はこれからどうすればいいんだ――
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第一部) 作家名:森本晃次