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短編集56(過去作品)

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 玲子のように端の方にいる人間には我慢するほどの苛立ちはないのだが、中には我慢が目に見えている人もいる。我慢することが自分にとって悪いことであるのを分かっているように見えるがどうしようもない。いずれ自分が中心になりたいという野望が胸に秘められてるように感じられた。
 だが、その他大勢の方が気が楽である。意見に従わなければならないという気持ちさえ理解できれば、考えることは何もないからだ。屈辱感と感じるか、何も考えないかのどちらかであれば、何も考えない方がいいに決まっている。
 高校に入学する頃には、それでは我慢できなくなっていた。屈辱感に耐えられなくなったと言ってもいい。しかし、自分が輪の中心にいけるわけではない。人を従える人間であるかどうかというのは自分が一番よく分かっている。
――それなら、いっそ一人でいる方がいい――
 高校に入ると、一人でいることが多くなった。
 理由の一つに、男性を意識し始めたからだろうか。中学三年生くらいから男性を意識し始めた。
――彼氏がほしいな――
 漠然と考え始めたが、よく見ると、彼氏がいる女性は、いつも一人でいる女の子が多いように思えてならなかった。もっとも、グループ内で彼氏がいることが分かると、統制が取りにくいという考えもあるから、きっと彼氏がいる人は隠れて付き合っているのかも知れない。
――隠れて付き合わなければならないのなら、集団行動など愚の骨頂――
 とまで思うようになっていた。
 高校に入学したのをこれ幸いにと、最初から一人でいることを望んでいると、不思議なことに、集団を形成している人たちと自分とでは完全に違っていることに気付く。集団を形成している人たちにも分かっているのか、誘いを掛けてくることはなかった。同じ中学から入学し、同じ集団に所属していた人もいるのにである。
 玲子にとって、これ幸いであった。
 集団から離れて一人になってみると、中にいる頃よりも表から見ると、小さな輪に見えていた。
――地球だってそうかも知れないわ――
 いきなり地球を想像するなど、自分でも変わった性格だと思っている。やはり、一人でいるとそれだけで個性が醸し出されているのだろう。だからこそ、一人でいると決意した気持ちが表に滲み出て、誰も誘いを掛けてくることがなかったに違いない。
 高校に入って数ヶ月で彼氏ができた。
 彼氏がほしいと本当にずっと考えている時はなかなかできなかったが、少し気持ちに余裕を持たせようと考えるようになってから、彼氏ができるまでにはそれほど時間が掛からなかった。
 彼氏がほしいといっても、漠然としたもので、一体自分にはどんな男性が合うかなど考えていなかった。ある意味、考えるのを怖がっていたのかも知れない。
 最初は、甘い恋愛を思い浮かべていた。
 いちゃいちゃを露骨に見せ付けるようなイメージを思い浮かべていた。彼氏がほしいと持ったきっかけだって、男性と一緒にいて、楽しそうな笑顔が眩しく見えたからだ。最初こそ、鏡で見た自分の顔の横に、男性が立っている姿など想像もつかなかったが、しばらくすると自分の表情だけは想像がつくようになっていた。それでもさすがに相手の男性までは想像もつかない。当たり前といえば当たり前である。
 知り合ったきっかけは自分でもよく分からなかった。
 電車の中に乗っていて、貧血気味で気持ち悪くなったことがあった。中学の頃からも時々あったが、立っていると急に目の前が暗くなることがあったのだ。呼吸の乱れを感じると、気がつけばその場に座り込んでいることがある。まわりが心配してくれて、席を譲ってくれることもあった。
 朝の満員電車ではそれもままならない。
 それまで満員電車で気分が悪くなることはなかった。まだ入学してから数ヶ月なので何ともいえなかったが、それでも、
――気を張っている時は大丈夫なのかも知れない――
 と思っていた。いくら気を張るといっても、四六時中できることではないので、気分が悪くなるのも仕方のないことだと思っていた。なるべく空いている時は席に座るように心がけていたものだ。
 その日の満員電車に乗った時、別に最初から体調が悪いという意識があったわけではない。しいて言えば考えごとをしていたくらいであろうか。
 普段考えごとをしている時でも、満員電車に乗る時は、あまり考えないようにしていた。気を張ることができないからである。
 集中さえしていれば考えごとをしていても大丈夫だと思うようになっていたが、それが間違いだったのである。
 考えごとが次第に電車の中の光景に重なってくる。気を張っている時は、まわりをあまり意識しないようにしているにも関わらず、まわりの光景と考えごとが重なってしまえば、自分の今の状況をいやが上にも意識させられるというものだ。
 過呼吸を感じる。胸の鼓動がまわりのざわつきと重なってくる。汗の酸っぱい匂いを感じ始めると、意識が朦朧としてくるのを感じていた。
「大丈夫ですか?」
 目の前にいるのは、スーツを着たサラリーマンだった。
 スーツを見ると、今までのイメージとしては、いつも俯いて難しそうな表情をしている男性しか思い浮かばなかった。何が面白くないのか、皆同じ雰囲気にしか見えなかった。
 考えてみれば、それは集団で行動していた中学時代の自分たちを見るようだった。
 今から思えばその時の自分たちの表情はボンヤリとしていて想像できるものではない。サラリーマンにしてもそうだ。イメージが漠然としている、しかし、なぜか輪郭と髪型、そしてイメージする「おやじ」だけは決まった人物だった。テレビドラマで見た、サラリーマン役の多い俳優さんのイメージ、ただそれだけだった。イメージなどというのは実に曖昧なもので、自分がなりえないものであれば、適当にイメージが浮かんでくるから不思議だった。
 自分に関しては浮かんでこない。立場であれ顔であれ、なかなか自分を顧みようとしても、どこまで空転しているように思えてならないのだ。
 声を掛けてくれたのは偶然には違いない。自分が乗った電車にたまたま彼も乗っていて、気分が悪くなった時に、ちょうど目の前にいただけのことであろう。彼にしても、黙ってその場を離れられない雰囲気だったに違いない。
 電車から降ろしてくれて、ベンチに座らせてくれた。
「大丈夫かい?」
 同じ事を聞いてくれたが、電車の中とは微妙に違っていることを、玲子は感じていた。
「ええ、大丈夫です……。ありがとうございます」
 やっと返事をすることができたが、それでも、声は途切れ途切れだったに違いない。
「このまま学校に行けるかい?」
「少し休憩していきます」
「じゃあ、落ち着くためにコーヒーでも飲んでいこう」
「はい」
 素直に彼に従ったのは、その男性にすでに惹かれていたからなのかも知れない。玲子は感情を表に出すタイプなので、もし相手の男性があまり好きではないタイプであれば、露骨な表情になって、相手が遠ざかっていくであろう。嫌われるタイプかも知れないが、自分に正直になりたいと思っている玲子は、
――これが自分の性格なんだ――
 と自分に言い聞かせていたのだ。
「私、あまり朝食を食べないので、久しぶりに朝を食べてるって感じです」
作品名:短編集56(過去作品) 作家名:森本晃次