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短編集56(過去作品)

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 という話を聞いたことがあるが、実際にそうだったのか。少なくとも一目惚れすると、最初に感じたことがすべてだと思い込んでしまう。まるで生まれたてのツバメが、最初に見た人を母親だと思い込んでしまうのと似ている。違うだろうか。
 佐和子に出会う少し前に出会った女性、彼女とも少しぎこちなかった。
 すぐに仲良くなって身体を重ねる関係になったのだが、完全に相手からのリードだった。黙ってしたがっていればいいだけで、本来であれば男としてのプライドが許さないはずである。
――何となく心地よいのだが――
 と感じていたのも事実で、相手が誘ってくれば断ることなどしないのが男だとさえ思っていたくらいである。
 それまでの小田切にそんな思いはなかった。
 女性と付き合うことに疲れてしまったのではないかと思えるほどで、確かに人をリードすることに疲れていたかも知れない。
――個性ってワンパターンなのかも知れないな――
 個性を表に出したいと思うことは、裏を返せば人と同じ事をしたくないという思いである。人がすることを考えてそれをしないようにするということは、自分にとっての行動パターンが確実に狭まってくるということである。
 そのことは自覚していた。しかし、個性を失くした自分の、その後に何が残るというのだろう。それを考えると、行動パターンを狭めても仕方のないことだった。
 それでも元々の自分の性格を変えることなどできるはずもなく、付き合った女性からワンパターンと思われることもあっただろう。
「何が個性よ。女性の気持ちを何にも分かっちゃいないじゃない」
 という言葉を露骨に浴びせた女性もいた。
 それが佐和子に出会う前に付き合った女性だった。
 彼女は見た目は完全な女でありながら、性格は男のようにきつかった。いや、正確には男ではない。男のように見えるだけだ。
――ひょっとして一番女の醜い部分を見てしまったのではないだろうか――
 とさえ感じた。
――いや、女性ってあんなんじゃないんだ――
 と何とか女性の性格を正当化させたいと思っていた。だが、自分に言い訳ができなかったことが悔しくて、しかも、罵倒された相手に対して憎悪の念さえ抱くようになっていた。
――結局、自分の寂しさを男で晴らそうとした。相手が自分の考えていた人物と少し違っただけであれほどの罵声を浴びせるのだから、彼女も相当な性格に違いない――
 と考えたものだ。それでも罵倒された内容にはさすがに参ってしまい、しばらく女性と付き合う気分になれないでいた小田切だったのだ。
――可愛らしさを前面に出して、途中から自分の妖艶さを武器に相手を支配しようなんて、そんな女にはもう引っかからない――
 強い意志を持って女性を見ていると、女性に対する見方が変わってきた。却って男性っぽさを表に出している女性の方が、意外と男性の気持ちを分かってくれるのかも知れない。もちろん、すべてのパターンがそうだとは思っていないが、気持ちのほとんどは、そちらの考えに傾倒していた。
 一目惚れをしないのは、女性を見る目に自分自身、自信がなかったからだ。
――自分のことを気に入ってくれる女性であれば、きっと素敵な女性に違いない――
 という思い込みは思い上がりだと思っていたが、逆に逃げ道を自分で模索していた結果なのかも知れない。今まで付き合ったそれぞれの女性が似ているようで、どこかが違うように見えていたのも、実は皆全体的に違っていて、似ているところもあるという見方をすれば、きっと違った見方ができたに違いない。それぞれの女性に違った付き合い方をしていたように思えるからだ。
 今までに付き合ってきた女性が小田切と別れた後で言いい出会いをしていたとしても、最後に付き合った女性だけはいい出会いをしたとは思えない。逆に小田切が佐和子と出会ったことで、
「今度は俺がいい出会いをしたんだ」
 と声を大にして言いたいくらいである。
 佐和子とは最高の出会いをしたように思えてならない。しかし、それは裏を返すと、今まで自分が女性と付き合っていて、相手が見ていた小田切は、小田切が見た最低の女性と同じような気持ちで見ていたのかも知れない。時には冷めた目で、時には気持ちの悪いものを見るような目で、あるいは、苦虫を噛み潰したようなやるせない気持ちになってみたりしていたに違いない。
――男性を見る目が養えたのか、それとも、男性の悪い部分を見ることで、自分を省みることができたのかも知れない――
「人のふり見て、我がふり治せ」
 ということわざもあるではないか。
 小田切は、佐和子と付き合い始めて、幼馴染の女性と一度電車の中で一緒になったことがあった。名前を聡子という。
「小田切くんは、変わってないわね」
 と言いながらはにかんでいたが、その表情はまんざらでもない雰囲気だった。小学生の頃は、どちらかというと男っぽいところのある聡子を慕っていたところがあったくらいだ。
 だが、男としてのプライドからか、それを認めたくない自分がいて、あまり聡子に近づかないようにしていたように思う。もちろん無意識ではあったのだが、そんな小田切を聡子はどのように見ていたのだろうか。
「そうかい? 相変わらずの自信過剰なところがあるくらいだけどね」
 自信過剰だという意識を植え付けたのは、実は聡子だった。
「小田切くんは、自信過剰なところがあるけど、またそこが可愛いのよね」
 その言葉だけが頭に残っていた。可愛いと言われてプライドが傷つく反面、自信過剰という言葉には、悪いイメージを感じなかった。その時の聡子の表情が今でも思い出されそうだ。
 小学生の頃は大人っぽいと思っていた聡子も、今見れば可愛らしい女の子である。それも曲がりなりにも今までたくさんの女性を見てきたから感じることだろう。
「小田切くんって、女性っぽいところがあるのよ。悪い意味ではなくね。女性って、結構嫉妬深くていやらしいところがあるんだけど、同じ異性なのね。だから男の人より近くに感じるの。小田切くんにはそれを感じるのよ。きっと女性の中にはそんな女性っぽさを受け入れられない人も多いんだろうけど、付き合いの長さで、きっと克服できると思うわよ」
 なかなか女性と付き合ってもすぐに別れていることを、いつの間にか聡子に打ち明けてしまっていたが、それに対しての彼女の答えだった。
 さりげない会話だけをするつもりだったのに、懐かしさからか、それとも前は大人っぽくて少し近寄りがたいと思っていた聡子を可愛らしいと思い、距離が狭まったことを感じたからか、素直に相談できた。聡子も、まるでその相談を待っていたかのように、的確な答えを返してくれる。
――ひょっとして昔から感じていたことに対しての答えをすでに用意していて、やっと今になって言えるチャンスができたのかも知れない――
 と思ったほどだ。
 きっと佐和子もおぼろげながらそのことに気付いているのかも知れない。だが、本当に小田切が女性っぽいところがあるということに気付いているかどうかは疑問だった。
 今までに付き合った女性もそうだったが、佐和子だけには少し違うものを持っていた。
――女性っぽい男性でも許せる人なのかも知れない――
作品名:短編集56(過去作品) 作家名:森本晃次