短編集56(過去作品)
最初から付き合うことになりそうな女性というのは、小田切には分かっているつもりだった。相手がその気になってくるのも分かってくる。最初に積極的なのはいつも女性で、その雰囲気を見て小田切も相手を好きになるのだった。一目惚れがあまりないというのは、そのあたりが原因で、相手を見て好きになるというのが、いいのか悪いのかは別にして小田切にとって、相手を好きになりかかる時は、相手もその気持ちだと思っている。
一人の女性と付き合うようになるまでは、いろいろな女性との出会いが楽しいものだ。一人に決まってさえいなければ、知り合うだけでも楽しい気分になれるというのは、相手に自分をアピールしたいという思いが強いからである。
あまり前面に押し出してしまうと押し付けがましくなるのと、もし自分に内面から滲み出る魅力があるとするならば、それが薄れてしまうことを恐れるようになった。
一途なこともあり、同じようなタイプの女性が好きになるのだが、どこかそれぞれ違っている。どこがどう違うのかハッキリとは分からないが、何かが違う。
笑った時の表情、それとも、自分を見つめる目、いろいろあるだろうが、それぞれどこか一つに魅力を感じる。
全体で漠然とした魅力を感じる女性とは出会ったことはない。どこか一つに胸がドキッと感じるような女性、そんな女性がいつも小田切の前にはいた。
付き合った期間は短いが、別れてからしばらくすると、すぐに魅力を感じる女性に出会うのである。
悩んでいる小田切に女性が魅力を感じているのかも知れない。そういえば、それぞれに共通点は少ないが、唯一共通点を見つけるとすれば、母性本能を持った女性が多いように思う。傷心の男性を見て見ぬふりのできない女性が小田切の前に現れるのだ。
彼女たちが小田切に見せる表情、仰向けになっている時に、上から眺められる時の顔を想像してしまう。長い髪が垂れていて、まわりから見ればその表情は見えない。
――自分だけのものだ――
という思いもあり、怪しく歪む唇に妖艶さを感じる。
まわりから見ていれば背中に浮かんだ肩甲骨の膨らみが、華奢な身体を抱きしめたく感じさせるに違いない。上から見つめられながら、肩甲骨の膨らみを想像しているようなそんな雰囲気を感じていたい小田切だった。
女性を支配したいという男性も多いようだが、小田切にはそんな発想はまったくなかった。見つめられることにドキドキするほど純粋な気持ちを女性に抱いていると思っていたからだ。
では相手の女性はどうだったであろうか?
純粋な考えを持った男性というのは、小田切の場合、一途な気持ちを表していると思っている。一途な気持ちがあって、その気持ちが相手に伝われば、お互いに許しあえるところ、許せないところが分かってくるという考え方である。
大学生くらいであれば、甘い付き合いを想像してしまう。特に男性の場合は、一途に相手を思うことが相手にとっても喜ばしいことだと思いがちなのだが、女性はそう思うであろうか。
社会人になって気づいたことであったが、女性は思ったよりもしたたかである。
男性の男性的なところを求める女性に、一途な男性が果たして向いているかどうかというのは、疑問点である。
女性も甘えたいと思っている。同じ大学生であれば、最初の出会いはお互いに話や趣味趣向が合うことで、簡単に仲良くなれるであろう。だが、それが恋愛ということになると、果たしてどこまで相手を見つめられるだろうか。母性本能をくすぐるとしても、それは一時的で、しかも、気持ちが次第に近づいてくると、女性は警戒心を持つようになるだろう。
「友達以上に思えないの」
という言葉は、そんな時に感じるものであって、
「あなたが重荷なの」
というのは、一途さが警戒心を通り超えた後に感じた場合を指すのかも知れない。
どちらを言われた方がショックかといえば当然、
「あなたが重荷なの」
と言われる方である。
皆それぞれ性格が違うのに、別れで言われることが同じということは、それだけ自分が成長していないことの証拠だと思い、落ち込んでしまうのも仕方がないことだった。
大学を卒業する前くらいからであろうか。小田切は次第に一目惚れするようになってきた。
一目惚れするようになってくると、自分が今まで好きになってきた人たちのことを思い出すようにもなってくる。
今まで付き合ってきた女性に未練があるわけではなく、冷静にその性格や雰囲気を分析できるようになってきた。冷めているわけではないのだが、過去のことを思い出すことで、これからの自分を見つめていけそうで、少し大人になったような気がしてきたのだ。
だが、果たしてそうだろうか?
今まで付き合ってきた女性のほとんどは個性があった。芸術に造詣が深いのが共通点であったが、それぞれの女性にそれ以外の共通点はないように思える。却って、
――彼女たちは女性の友達は少ないだろうな――
と思えるほどで、特に彼女たち自身が友達になることは、まず考えられないことであった。
女性というより男性っぽさが目立っていた。
――女性から見て恰好いい女性というのは、彼女たちのようなことをいうんじゃないかな――
と思ったくらいで、中には身長も高く、スタイル抜群なので、ファッションショーにでも出ればいいと思えるような女性もいた。
彼女はスチュワーデスを目指していたようだが、合格したであろうか? 気になるところであった。別れてしばらく経つと却って気になってくるもののようで、
――今なら友達になれただろうな――
とも感じる。
別れてすぐでは、お互いにぎこちなく、道で出会っても、目をそらしてしまうくらいであったが、数ヶ月も経てば気持ちも安らいでくるもので、会話くらいできるようになるだろう。
だが、時期が経ってしまうと話題がない。しかも、その頃には他の女性がいたり、相手にも他の男性がいたりする。すでに遠い存在になってしまっているのだ。
一旦肌が触れ合うほど近づいた二人が、遠い存在と感じるようになってしまうと、実際の距離よりもさらに遠く感じるものである。時間にしても考えているよりも以前に付き合っていたように思えて仕方がない。思い込みなのかも知れないが、思い込みとは恐ろしいもの、お互いに話を交わすタイミングを掴むことができない。
しかも、今までの視線との違いを感じる。最初付き合う前はお互いに興味があるからか、興味深い視線を浴びせてくる。ひょっとすると、この視線が一番ドキドキした視線だったかも知れない。
実際に付き合うようになると、今度はトロンとした甘い視線を感じる。それは相手が、
「あなたに気持ちを任せましたよ」
という気持ちの視線ではないかと思えるもので、妖艶にさえ思える視線でもあった。その視線を浴びている時の小田切は、これから起こるであろう二人の出来事をあらかじめ予測できたような気がしていた。男冥利に尽きるような気持ちになっていたといっても過言ではない。
そんな視線が次第に冷静になってくる瞬間があったはずだ。その瞬間にいつも小田切は気付いていない。気付いていないまま次第に冷静になってくる視線に対し、
――おかしいな――
作品名:短編集56(過去作品) 作家名:森本晃次