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短編集56(過去作品)

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 という二つの言葉が小田切を動かした。
 本屋に行けば絵画の入門書がいくつも並んでいる、デッサンから油絵まで、いろいろな種類の本がある。
 まずはデッサンからと思い、入門書を買ってくるが、最初はなかなかうまく行かない。
 入門書ということで甘く見ていたのかも知れない。入門書だけに書く方も難しいのだろうが、思い込みで見ていると、なかなか著者の趣旨が分かってこないものである。何が言いたいのか分からないまま、入門書にしたがっていろいろ描いていても、うまく行かない時期が続いた。
 気分転換に散歩してみた。小田切の住んでいるところは会社の借りてくれたアパートだったが、近くには重要文化財や国宝を収めたお寺があったりする歴史の宝庫でもあった。
 それぞれを結ぶ遊歩道ができていて、歩いているだけで、「和み」を感じさせてくれる。実際に、就職してからすぐの頃、一番の気分転換が遊歩道への散歩だった。その頃は仕事を覚えることに必死で、散歩していても、まわりを見る余裕が自分にあったかどうか、それすら分からない。
 しかし、絵画を目指すことを決めてから散歩に出かけると、今まで発見できなかったものを次々に発見できた。
「こんなところに祠があったなんて」
 普通に歩いていて気付かないはずもないものを見落としていた。それほどいろいろなことを考えながら歩いていたに違いない。
――いや、考えていたことは一つなんだろうな――
 いろいろなことを考えている方が、却ってまわりが見えてくるものなのかも知れない。いろいろなことを考えられるということは、それだけ気持ちに余裕があるということなので、見えていなかったものが見えたとしても不思議でも何でもない。
 歩きながらも感性を考えていた。
 しかも感性とは、人とは違うものだという考えが強い。人と違う感性を持っていることが自分の個性だと思っていることが、自分を孤独にさせるという弊害を招くことをその時には気付いていなかった。
 だが、自分の感性をまず確立するということは大切なことで、後から考えてもその考えは間違いではなかった。小田切にとって、自分がまずあって、それからまわりを見つめるということが、気持ちの余裕に繋がるものであったからだ。
 女性たちもそれぞれの感性を持っている。個性と言ってもいいだろう。しかし、個性が強すぎることが悲劇を招くこともある。
「私、男性の方と付き合っても、なかなかうまく行かないんです」
 二番目に付き合った女性が最初からそう言っていた。その表情は控えめで、そこから見ても、彼女に非はないように思えてならなかった。男性の目から女性を見ると、どうしても贔屓目になってしまい、特に付き合い始めてすぐというと、男性側にも思い込みがあって仕方がないのかも知れない。
 彼女の表情にはあまり変化がなかった。大学生の女の子というのは極端で、いつも笑っているような女の子もいるかと思えば、無表情の女の子もいる。中間がいないのではないかと思えるほどで、それは小田切の偏見だっただろう。
 しかし、いつも笑っているような女の子は小田切は苦手だった。友達としては楽しいが、一緒にいて疲れるのではないかと感じたからだ。
 いつも話題を提供しなければならず、それも同じ話題では時間が持たない。
 最初の頃は一緒にいる時間もあっという間だったとしても、絶えず話題を提供しないといけない相手であれば、時間が経つのが次第に遅くなる。それは苦痛になってくるはずで、時間を持たせるためには、言葉だけではダメである。
 持て余した時間、会話が途切れると、お互いにぎこちなくなるが、そこで身体を求め合えればいいのだろうが、相手がそれを望まないと、ぎこちないまま終わってしまう。
 しかし、モノは考えよう。
 時間を持て余して身体を求める関係であれば、遅かれ早かれ、別れは近いというものである。そんな関係が長く続くわけもなく、長引けば長引くほど、お互いにしこりが残るものかも知れない。それを考えると、
――別れが早くても仕方がない人だっているんだ――
 という結論に達するが、大学時代にはそこまでの考えに至るほど、人間ができているわけではなかった。
 ずっと女性と付き合っていて、次第に性格が変わってくる友達がいた。彼は同じ女性とずっと付き合っていたが、傍目から見ていて、つりあっているようには見えなかった。
 男性はいかにも控えめで、女性の方は、男性に対してはニコニコといい顔できているのだが、女性が相手だと傲慢な態度に出ることが多く、女性から嫌われるタイプだったようだ。
 その友達がどうして彼女とずっと付き合っていられるかといえば、他の男性では彼女を持て余してしまうことが分かるからで、誰も彼女を友達以上の感覚で見ようとしないからである。
 傲慢なくせにすぐに孤独感を感じてしまう女性は、必ず一人は誰かが自分のそばにいないとがまんできないようである。それが友達だったのだが、他の友達から、
「いい加減に彼女から身を引いた方がいいぞ」
 というアドバイスをもらっていた。
 彼の性格から、
「そうだね。考えてみるよ」
 という返事が聞けるのだが、真剣に考えているとは思えない。彼女に対して一途なので、時々悩むこともあるだろうが、そのすべてを自分で解決しなければならないと思うところがあり、結局自分の殻に閉じこもってしまう。
――そのあたりを彼女がうまくコントロールしているのかも知れないな――
 彼女は男心をくすぐるのがうまいのだろう。彼に余計なことを考えさせないように巧みに誘っているのかも知れない。男としてのプライドを持っているくせに、彼女の前に出れば、それは絵に描いた餅のようになってしまう。
――男のプライドなんて、結局男同士でしか発揮できないものなのかも知れないな――
 と思うようになったが、それは結局自分を孤独に追い込むだけであることは、彼を見ていると分かる。プライドを掛けられる相手かどうかを選ぶのも難しいものだ。
 とはいえ、果たして自分が大丈夫かどうか、実際にその時になってみなければ分からない。
 友達の場合は極端な例だとしても、自分に当てはまらないとも限らない。ある程度のプライドを持っていないと女性と付き合えないと思っているが、プライドが邪魔しないかという思いもある。変なジレンマに襲われながら女性と付き合っていると、相手によっては、それを見透かす人もいるので要注意である。
 だが、そのことに気付いたのもかなり後になってから、それでも友達の存在がなければ、気付いたかどうか、それも微妙な感覚であった。
 小田切が女性と別れる時、そのほとんどは、女性から別れを告げられていた。
「あなたが、重荷なの」
 と言われるのが一番多い。その次が、
「お友達以上には思えないの」
――お友達以上?
 お友達から始まって、まだ恋人同士になっていない時に、お友達以上には思えないと言われるのだから、辻褄は合っているのだろうが、どこか釈然としない。
作品名:短編集56(過去作品) 作家名:森本晃次