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短編集56(過去作品)

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女性シンドローム



                 女性シンドローム


 佐和子という女性を好きになった小田切晴彦、一体彼は今までに何人の女性を好きになったのだろう? 自分でも覚えていない。女性を好きになることに抵抗を感じたことはないが、最近はどこかに違和感を感じる。それがなぜなのか分からないでいた。
「お前はすぐ女性を好きになるからな」
 と、口の悪い友達から言われるが、相手もそれほど皮肉を込めて言っているわけではない。考えてみれば一目惚れというのを経験したことがあったかどうか、自分で分かっている範囲ではなかったように思える。
「そうか? でも、俺って結構一途なんだけどな」
 その言葉に間違いはない。今まで人を好きになると、その人のことばかり考えてしまって、他のことが上の空になるくらいであった。
「そうなんだよ、でも逆にその真面目なところが相手には重荷になるんじゃないか?」
 まさしくその通り、
「あなたと一緒にいると、疲れるのよ」
 と言って、小田切の前から去っていった女性も少なくはない。考えてみれば付き合っても別れるまでのほとんどが数ヶ月、小田切と付き合いの薄い友達には、女性を取っかえひっかえしているように見えるのかも知れない。だが、実際には付き合っては別れる関係が続いていて、男としては疲れるのではないだろうか。
 だが、小田切は自分でそれほど疲れているとは思っていない。年齢からしてもまだ二十歳代前半、女性に対しての興味は旺盛であった。
「いろいろな女性と付き合っていれば、きっと女性の真髄が分かってくるんだろうな」
 と嘯いているが、本当のところはいくらたくさんの女性と付き合ってみても、なかなか女性の真髄など見えてこない。むしろ女性の奥深さを知るだけだった。
 佐和子という女性と知り合ったのは、とある喫茶店である。
 今までに立ち寄ったことのない喫茶店だったのだが、喫茶店には造詣の深い小田切、会社の近くにできた喫茶店に興味を持ったのは、会社の人の噂を聞きつけたからだ。
 駅前にはお洒落なカフェがあるのだが、なかなか昔ながらの喫茶店が減ってきたことを心の底で嘆いていた小田切だったが、
――同じように感じているのは、俺だけではないだろうな――
 という思いがあってか、同僚の噂を聞いた時には、すぐにでも行ってみたい衝動に駆られていた。
「大学通りにあるような喫茶店なんだ」
 小田切もつい最近までは大学に通っていたような気持ちだった。
 卒業してから三年近く経っていたが、三年目になって大学時代の感覚が戻ってきたことが少し不思議だった。
 大学四年生の時、就職活動の最中には、楽しかった思い出を封印していた。なかなか就職活動も難航する中、やっと決まった就職先だったので、就職できた喜びも束の間で、すぐに卒業だったのだ。
 卒業してしまえば、大学時代の思い出など、遠い過去のように思えていた。封印する必要もない。過去を思い出す暇もなく、新しいことをどんどん吸収しなければならなかったのだ。
 幸いにもそれほど新しいことを吸収することは考えていたほど苦痛を伴うこともなかった。就職するということの心構えがそれなりにできていたからだと思っていたからで、先輩から怒られることもなく、次第に社会人としての自覚も備わっていって、気がつけばいっぱしの社会人になっていた。
 それでも最初の一年目は無我夢中であった。がむしゃらに仕事を覚え、まわりに気を遣って、自分を見つめ直す。それがうまくいったのであろう。まわりの新入社員が苦労しているのを横目で見ながら、いつの間にか仕事にも慣れていった。
 二年目になると、一年目に苦労をしていた連中が次第に仕事に慣れてくる。
「君の一年目は、どこか鬼気迫るものを感じたんだけど、気のせいかな?」
 他の連中から言われたことがあった。
 確かに無我夢中で仕事を覚えていたが、鬼気迫るような気持ちになったことなどない。
「どういう意味だい?」
「いや、何かに取りつかれたようにさえ思えたんだよ。気のせいだったらすまない」
「きっと気のせいさ」
 と、ごまかしていたが、言われてみれば、どこか気持ちに余裕がなかったのかも知れない。
 仕事を覚えて、今では余裕を持って仕事ができるようなると、不思議なことに、女性の熱い視線を感じるようになった。
 会社の事務員の女性の中には、同期入社の女の子も数人いた。大卒の小田切と違って短大卒業や、高卒の女の子は、まだ未成年で、あどけなさが残っているように思える。
 考えてみれば小田切も大学時代には何人かの女性と付き合ってきたが、同僚の女の子がその頃に付き合っていた女の子たちと同じ年頃だった。
――ここまで違うのかな――
 大学時代に付き合っていた女の子はもう少し明るかった。明るさを前面に押し出しているのだが、それだけで女性を好きになることは小田切にはなかった。明るさの中に何かもう一つの魅力を感じないと好きになれなかったのだが、大学時代には、そんな魅力を感じる女性はいくらでもいたように思える。
 まず、好きになる女性の共通点としては、趣味を持っていた。音楽を聴いたり、絵画を見たり、そのほとんどが受動的な趣味であったが、そのおかげで、無趣味だった小田切がいろいろなことに興味を持ち始めた。
 自分から行動を起こす趣味を持った女性と付き合うことがなかったのも、小田切の特徴である。そういう女性は個性が強すぎて、元々無趣味の小田切には不釣合いだというイメージを自分で勝手に作っていた。
 受身であることが彼女たちにいろいろな可能性を感じさせ、自分にも感じさせた。
 小田切自身、自分から何かをしてみたいと思っていたこともあって、絵を描いてみようと思ったのも、最初に付き合った女性が絵画に造詣が深かったからだ。
 一緒に美術館に出かけて、展示されている絵画を見上げている彼女の横顔が普段とはまったく違っていることに気付いていた。
 美術館というところは雰囲気が独特である。
 音を立てることがタブーなはずなのに、どこかざわついている。革靴の音が響いているが、聞いていて小田切には心地よく感じる。すぐに喉が渇いてくるのを感じるのは、空気が乾燥している証拠であろうか。空気が乾燥しているということに気付けば、音が響いたりざわついた感じに聞こえるのも納得がいく。ただ、それに気付いたのは何度か美術館に通ったからであって、すぐに気付かなかった自分が不思議に感じるくらいだ。
「美術館の雰囲気って素敵よね」
 彼女が話していた。
「どこがだい?」
「乾いた音を感じるんですよ。靴音の響きも適度な大きさで、何よりもざわついた感じが最初は小さいんですけど、次第に大きくなってくるのを感じるんですよ。でも、それが煩わしいわけでもない」
 話を聞いていて、絶えず頷いている自分に気付いた。
「まさしくその通りですね」
 まるで目からウロコが落ちたような感じだった。思っていることを彼女の口から聞けたことが嬉しく、気付いていたことがボヤけて頭の中にあったものを言葉にできる彼女に対し、さらに興味を持ったのである。
「絵が描ける人って、どこか他の人と違う感性があるんでしょうね」
――人と違う――
 というのと、
――感性――
作品名:短編集56(過去作品) 作家名:森本晃次