短編集56(過去作品)
待ち合わせの時間から遅れること三十分。待ち合わせをしているいつもの場所も狭く感じられてくる。最初は目が慣れてきたからだと思っていたがそうでもない。タバコの煙を目で追いかけている時に似ている感覚だ。
――実は相手も自分を待っていて、顔を確認できないだけなのかも知れない――
玲子も待たされたことでの不満は一切漏らさない。雄作も漏らすことはない。
そういえば、学生時代にも一度あった。いつも待ち合わせに遅れてくる人がいたが、
「私だって、早くから来て待っているのよ。でも、どうしても皆に会えるのは約束の時間をだいぶ過ぎてからなんだ。どうしてなのか私にも分からない……」
誰もが言い訳にしか聞こえなかった。玲子にしてもそうだったが、今から思えば、まんざらウソでもないような気がしてくる。
彼女はウソを平気でついたり、言い訳を言うタイプではなかった。どちらかというと正直者のタイプである。
だが、グループの中では異色で、静か過ぎるところがあった。静か過ぎると却って目立つ。物静かな玲子が目立たなかったのは、彼女がいたからだ。
――私たちと相性が合わないのかも知れない――
会えないのも、一人だけ別世界で待っていたからだと考えることもできる。別の世界で、まったく同じ光景を眺めていたのだろう。
そういえば、玲子が初めて抱かれた相手は雄作だった。初めての時、玲子は押し寄せてくる快感の中で、想像以上に冷静だった。
――まるで以前にもまったく同じような快感を得ていたように思うわ――
と、その時に感じていた。
そのことを思いながら、見続けていたのは、天井に向って伸びるタバコの煙だった。暗闇に消えそうになる瞬間、紫色に感じたのは、なぜだったのだろう……。
( 完 )
作品名:短編集56(過去作品) 作家名:森本晃次