忘却の箱
つぼみのままで
中学三年生の時、私をいじめからかばってくれた男の子がいた。不良グループで、普段はいい加減なことばっかりやってたけど、私には優しくしてくれた。
クラスは、学年で最下位、程度も最下位で隣のクラスと揉めて教室のガラスを割られたこともあった。それを割り返したのも、その男の子だった。
内気で引っ込み思案な私を、馬鹿なことを言ったりしたりして笑わせてくれた。いつの間にか、彼の家に遊びに行くようになった。しょっちゅうは無理だった。彼には、付き合ってる人がいたし、私はべつに彼のことが好きなわけでもなくて。でも、一応は気を遣ってた。
遊びに行く理由。
母子家庭だった私は、好きな歌手のCDも買えなかった。文房具とか色々、全部お小遣いで買ってたし、アクセとか本とか買うと、そう多くは残らなかったから。
彼はCDをいっぱい持っていたし、遊びに行くと好きなだけ聴かせてくれた。私の知らない外国の歌手のこととかも話してくれた。エレキギターもやってて、演奏してみせてくれたりもした。歌も上手かった。ちょっと、格好良かった。
その日も、彼の部屋でCDを聴いていた。ベッドに腰掛けて、洋楽のポップなリズムに気持ちよくなって。彼はギターを磨いてた。そんな普通の、いつも通りなはずだった。床にはジュースのグラスとお菓子が載ったお盆。
彼が腰を上げる。
私は何も思わない。
でも。
気がついたら、ベッドに押し倒されてた。
両腕を押さえられて、身動きできない。びっくりしすぎて、何も言えなかった。
彼は黙って私を見下ろす。
ドキドキして、それが聞こえるようだった。
そのままの姿勢で、彼と私は見つめ合った。すごく長いようで、たぶん一瞬だったのかも知れない。
「彼女に、悪いよ……」
私の言葉に、彼は手の力を緩めた。
「悪い。俺、どうかしてた」
彼が離れたあと、私はゆっくりと起き上がった。
「いいよ」
なんでもないように、言う。ちょっと、寂しい――ううん、もっと寂しい気持ちを隠して。
「私、帰るね」
「ああ」
出て行く私を、彼は玄関まで送ってはくれなかった。
外に出ると、急に力が抜けた。
強く掴まれた腕が、今さらのように痛んだ。
彼とは卒業まで友だちだったけど、あれ以来、彼の家に行くことはなかった。