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天空の庭はいつも晴れている 第12章 地上の庭

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「白状すると、アニサードに迫られたんだ。植えてあげてください、とね」
「アニスが……」
 別にザムルーズなど植えてくれなくても気にはしない。だが、アニスにザムルーズのことを聞いた時、ねたましかったのも事実だ。生まれてきたことを喜んでくれる親がいることに。
 だが、口をついて出るのは、例によって憎まれ口だ。
「そんなものいらない。でも、あなたがどうしても植えたいと言うなら好きにすればいい」
「うん、そうするよ」トリスタンは微笑んだ。
 たとえ御寮様がいらないと言っても、植えてあげてください。迷惑そうな顔をしても、絶対に喜んでいますから。
 そうアニスが念押ししたことを彼女は知らない。養父が笑ったのは、彼の言ったとおりだったからだということも。
 昼食の後でザムルーズは植えられた。場所は薬草園の西側。塀の近くだ。ルシャデールがそこがいいと言ったのだ。アニスの柳の木の近くにしたかった。
 バシル親方が掘った穴に、トリスタンが糸杉の苗木を入れて土をかける。
「なんで糸杉なの? 墓場の木でしょ?」
 確かに糸杉は墓地によく植えられる木だった。
 トリスタンは意外そうな顔をして、
「君がそれを言うとはね」と言った。「来たりて還る。それだけのこと。天に向かって燃える炎のようで、きれいな姿をしているじゃないか。私は大好きだよ」
 うーん、確かにそうだけど。ルシャデールは考え込む。やっぱりユフェレンは変人だな。
 シャムが持って来た木桶を受け取った親方がおや、と不審そうに塀のそばに視線をやる。アニスの柳の木に気がついたのだ。
「だめ、抜かないで!」ルシャデールは声を上げる。
「御寮様……?」
 それはアニスのザムルーズだから。と、言っていいのかどうか、ルシャデールは迷った。後で彼が叱られるのは嫌だ。
「それは抜かないで。つまり……柳というのは癒しと再生を意味するって聞いた。アビュー家にはふさわしい木だから……」
 突然、気がついた。死、そして癒しと再生。まぶしい光の輪の中で繰り返されていくもの。彼女の胸に流れ込む、きらきらした輝くもの。
 トリスタンが柳は抜かないように指示していた。親方はうなずき、植えたばかりの糸杉に水をたっぷりやると、一礼してその場を辞した。しばし二人でその木を見ていた。
「本当の親子みたいにはなれないよ。」
 ルシャデールは養父を振り仰ぐ。本当の親子でも苦いことはある。それは二人ともわかっている。
「私は可愛くない娘の役しかできないだろうし」
「私も軟弱な父親の役しかできそうにないよ」
「それでいいなら」
「いいよ」
 ルシャデールは自然と微笑んでいた。養父からも同じものが返ってくる
「素敵な人だね、薔薇園の女の人」
 嫌味も皮肉もない口調に、トリスタンははっとしたようにまなざしを向け、それから照れたように一瞬目を伏せた。
「ああ」
「美人だった」
「ああ、それに優しいよ。彼女は斎宮院の御神子《みかんこ》、つまり斎姫様の身のまわりをお世話する係だったんだ」
「そのうちゆっくり聞いてあげるよ。膝枕で愚痴を聞いてもらっていることとか」
「……!」
「あの人なら許してあげる」
 時の灯台で見た彼女なら、きっと好きになれると思った。
 彼女はどこ行くあてもないが、薬草園の南へと歩き出す。その背中に向かって、トリスタンが声をかけた。
「今度、連れて行くよ。それから」
 ルシャデールは振り返りもせずに、手を振った。
「アニサードを侍従見習いにしようと思っている」
 彼女は足を止めた。それからゆっくりと養父の方を向いた。
「そう、君の侍従だ。ただ、彼は今一つ乗り気ではないんだが」
 彼には適性がある、トリスタンはそう言った。
「適性?」
「ひねくれ者で時には暴力を振るう御寮様を平気で受け入れることができる、という適性さ」
「なるほど」減らず口ならルシャデールは負けていない。「軟弱者で泣き言ばかり言う主人を平然と、さりげなく補助する適性をデナンが備えているようにね」
 トリスタンは苦笑いする。
「侍従とは四十年の付き合いになる。大切にしなさい。もっとも、その前に彼を説得しなくてはならないが」
「……ありがとう」うれしい気持ちを抑えつつ、素っ気なく、ルシャデールは謝意を口にする。

 それから数日後、アニスはドルメンでルシャデールを待っていた。
 朝、水を汲んでいた時にカズックが、昼過ぎドルメンで待っていると、ルシャデールからの伝言を持って来たのだ。かつて祭壇に鎮座していた身が、今では使い走りの小僧も同然だと、彼は嘆いてみせるが、餌をくれる下女の声にはしっぽを振っていく。『キツネちゃん』の生活もそれほど嫌がっているわけではなさそうだった。
待ちながらため息をつく。
 パストーレンを盗んだ疑いは晴れていた。ユフェリへ行った翌日、ドレフィルに訴えたのだ。すると彼は
『悪かった。俺、犬が好きなもんで、キツネちゃんにっておまえから言われて、つい三枚もやったけど、料理長にあとでえらいどやされると思って、知らないって言ってしまったんだ。おまえに疑いがかかるとは思わなかったもんで。すまなかった』と言って、詫びにと装飾の入ったナイフをアニスにくれたのだった。
 だが、彼の気を重くしているのはそのことではない。
 トリスタンが暇そうな時をねらって、アニスは薬草を盗ったことを話した。
「僕……施療所から薬草を盗みました。だから、お屋敷を追い出されても構いません。ただ、お願いがあります」
「薬草泥棒が自首してきたと思ったら、お願いか。ずいぶんと厚かましい泥棒だねえ」
 トリスタンの言葉にアニスは赤くなってうつむいた。
 確かに、厚かましいかもしれない。でも、言わなきゃ。
「で、そのお願いっていうのは?」
 ルシャデールにザムルーズを植えてあげて欲しいと、アニスは頼んだ。
「わかった。……で、薬草を盗んだと言ったね」
「はい、ヌマアサガオとマルメキノコを」
「それでは、重い罰を与えないといけないな。」
「はい……」
「来年から、君は侍従としてルシャデールに仕えることを命じる。いいね?」
「え? それは……」罰なのですか?と聞き返そうとしたが、主の言葉を待った。
「いずれ、私は神和師の職を彼女に譲るだろう。そして彼女も同様に職を辞する時が来る。君はそれまで彼女に仕え、五十三代目当主となる者の侍従を育てなければならない」
「僕は……デナンさんのようにはできません」
「イェニソールと同じでなくていい。君は君だ。大丈夫、彼が教えてくれる」
 デナンの方を見れば、彼はいつもと同じ涼しい顔でアニスを見ていた。手加減はしてくれなさそうだ。やはり罰かもしれない。それに、主人がルシャデールだ。
「まあ、四十年仕えるのは、終身刑みたいなものだからな。選ばせてあげよう。死ぬまで僕童をするのと、どちらがいい? もちろん、その場合は今と同じだから、給金はなしだ。」
 トリスタンは楽しそうにいたずらな目をアニスに向けた。

「シャムには伝えた?お母さんのこと」やってきたルシャデールがたずねた。
「はい」