不可能ではない絶対的なこと
特に男子を見ていると、顔にはニキビだったり吹き出物だったりと、成長期とはいえ、あれほど気色の悪いものはないと感じていた。それでいて、やっていることは背伸びにしか過ぎない。まわりの女の子の身体は着実に大人に近づいているのは感じられた。もちろん、自分も含めてであるが……。
がそんな大人に近づいている同級生を見る目と、大人の女性を見る目とが同じに見える同級生の男子に対し、
――こんな連中に恋心なんて抱く気が知れないわ――
と毛嫌いするようになっていた。
だからと言って、大人の男性に興味を持つわけではない。同級生の男子に対して抱いた気持ち悪さがそのまま男性全体に感じる思いに結びついたことで、男性恐怖症の一歩手前にまで行き着いたことを明日美は自分なりに理解していた。
そういう意味で、中学時代は明日美にとって、
――消してしまいたいほどの過去――
だったのだ。
「それほど大げさなものじゃないわよ」
と人からは言われるかも知れないが、人の意見など関係なかった。
そんな中学時代の経験は誰にも話をしないつもりだったが、親友になった舞香には話をした。
「そんな過去があったのね」
と舞香はしんみりと言ったが、最初明日美は舞香の反応に、
――バカにされているのではないか?
という思いを抱いていた。
そのために、
――こんなことなら話さなければよかった――
と、せっかく今まで誰にも言わずに自分の腹の中だけで収めてきた気持ちを、親友だからということで軽々しく口にしてしまった自分を恨めしく思うほどだった。
「でもね」
舞香は少しずつ話を始めた。
「男なんて、明日美が考えているよりも、もっと陰湿で本能のままに生きているものなのよ。明日美の感じたことに間違いはないんだけど、あなたは男の本性を知らない。そういう意味ではまだ幸せなのかも知れないわ」
明日美はそれを聞いた時、
――あなたに何が分かるのよ――
と感じたが、舞香が話を終えた時、明日美を見たその表情に憐れみを感じさせたことが明日美には舞香に対して疑問を抱かせてしまった。
――何よ。今の目は――
明日美は何も言えなくなった。
舞香は話を続ける。
「男って、特に思春期というのは、自分を抑えることができるかどうかを決める最初で最後の猶予だと思うの。もし思春期に自分の理性を抑えることができる人になっていれば、決して女性に対して悪いことをするようなことはない。でも、思春期の時代に自分を抑えることができなかったら、その人はいつもギリギリのところにいて、最終的には足を踏み外してしまい、悪い方に踏み出してしまう。そうなると、もう自分では抑えることができなくなってしまうのよ。その感情は本人にはどうすることのできないもので、犯罪というのは、そんなところから生まれるとも言えるのかも知れないわね」
と、淡々と語った。
その語り口調があまりにも冷静すぎるので、明日美はゾッとしてしまった。気持ち悪さを感じたが、それは今までに感じたことのない気持ち悪さだった。
「舞香は、どうしてそんなに冷静に考えられるの?」
と明日美が聞くと、
「そう? 私は冷静になっているという感じはないのよ。ただ、あなたに分かってもらいたいという気持ちがあるのは事実なの。きっと誰かに分かってもらおうとして話を続けていくと、次第に相手から冷静に見られるような口調になってしまうのかも知れないわね」
という答えが返ってきた。
明日美はますます分からなくなった。
それは舞香という人間の性格が分からなくなったというよりも、明日美自身が考えていることが本当に正しいのかどうか分からなくなってきたと言った方がいいかも知れない。それは明日美が舞香という女性を信じられないと思っているのに、親友としての地位が下がってきたわけではないという意味もあるし、そもそもどうして舞香を親友だと思ったのかというところまで遡って考えるからなのか分からない。
舞香以外に親友という意識を持った人はいなかった。
親友というものが自分にできるという意識も、中学に入るまではなかったくらいだ。親友という言葉を意識したのが、消してしまいたい過去の時期として今でも君臨している中学時代とカブっているのが、自分でも不思議だった。
その理由は、自分にも間違いなく思春期がやってきたということであり、まわりの変化があまりにもセンセーショナルに写ったことで、自分のことは二の次だった。明日美はまわりを気にするあまり、自分のことは後回しになっているということに気付いたのも中学時代だったのだ。
消してしまいたい過去になってしまった理由の一つに、自分のことを後回しにしてしまう消極的な自分がいたことを消してしまいたいと感じていたようにも思った。だがその思いはあくまでもまわりに感じた気持ち悪さの産物であって、結果論でしかないと言えなくもないだろう。
「舞香の中学時代って、どんな感じだったの?」
と明日美は思い切って聞いてみた。
明日美の考えとしては、舞香が話をしてくれる可能性は低いと思っていたので、
「嫌なら、いいのよ」
と付け加えた。
すると、舞香は一瞬深呼吸をしたかと思うと、おもむろに話し始めた。
「私の中学時代というと、きっと明日美の中学時代を彷彿させるようなものだったのかも知れないわ」
と言い出した。
「それは誰ともかかわらなかったということで?」
「そうじゃないわ。私の場合はまわりが私に近づくだけで気持ち悪さを感じていたわ。そばに誰かが近寄っただけで、本当に身体が避けてしまうような条件反射とでも言うのかしら?」
という舞香に対して、
「それって、潔癖症ということなのかしら?」
と明日美が言うと、
「それに近いのかも知れないわね」
と舞香が答えた。
すると、
「でもね、私が見ている限り、舞香にはそんな潔癖症な雰囲気は感じられないのよ。本当に潔癖症の人というと、誰かが触ったものを手にすることを嫌ったり、人に触られたりするとアルコール消毒をするような雰囲気なんだけど、舞香には感じられないのよ」
と明日美が言った。
「今はそこまではないんだけど、中学時代の私はひどい時には、まわりの人と同じ空気を吸っていることさえ嫌だった時期があったわ」
と舞香が初めて遠くを見るような表情になったのを、明日美は見逃さなかった。
「何が舞香をそんな風にしたのかしらね?」
と明日美がいうと、
「それは明日美も同じことでしょう? 明日美も自分の中学時代を消してしまいたい過去だと言ったけど、何がきっかけだったのか、覚えていないでしょう?」
と言われて、
「確かにそうかも知れないわ。まわりの男子を見て、気持ち悪いという思いを次第に抱き始めて、最後には吐き気を催すほどの気持ち悪さになっていたわ。その途中経過に関しては、今では思い出せないわ」
「でも、きっかけはどこかにあったはずでしょう? そのきっかけを思い出せないということは、自分にとってそのきっかけはそれほど大きなものではなかったのか、それとも、最終的な印象が強すぎて思い出せないかよね」
という舞香に対して、
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次