不可能ではない絶対的なこと
「あなたも気付いていないんでしょうが、それは自分が物事を納得しようとする力ですね。自分で納得しないと認めないという意識の強い人は、自分のすべてを否定されるのと、納得しようとする力を否定されるのとが同じレベルに感じると思うんです。つまりは、すべてを否定されただけでは終わらず、その先に納得するという力を否定されることでとどめを刺されるというところでしょうか」
と彼女は冷静に話した。
「なるほど、そうなんですね」
と明日美がいうと、話に信憑性を感じられないと分かっていながらも、自分では納得しているように思えたという奇妙な気持ちに陥っていた。
「ところであなたのところの団体は、どういう団体なんですか?」
と明日美は聞いてみた。
別に入信したいわけでもないのだが、いったん興味を持ってしまうと、中途半端で終わることは明日美の中で許されることではなかった。
「私どもの団体は、あなた方の常識を超越した発想を持っていますので、自分が納得されなければ無視してもらっても結構です。もっともあなたの場合はすべてにおいて自分が納得できるかどうかということが最優先のお方ですので、そのことはちゃんと理解されると思います」
と彼女は前置きを言った。
さらに彼女は続けた。
「ちなみにこのお話は、あなたにする前にあなたのお友達である坂戸舞香さんにも同じようにしています」
という意外な言葉が出てきた。
「舞香にもしたんですか? それで彼女の反応は?」
舞香の名前を聞いて、まずは自分のことよりも舞香のことが気になってしまい、取り乱した様子になった明日美を暖かい目で彼女は見つめている。
「彼女もあなたと似たような発想を持っておられるので、たぶん、私が話をしたうえで想像がつくとは思いますよ」
と言われてしまうと、もうそれ以上舞香のことは聞けなくなった。
それ以上に、早く話を進めてほしいと感じた。
「あなたは、この世の中で不可能なことがないというものがあるとお考えですか?」
いきなりの質問に明日美は困惑した。
「不可能なことがないというのは、誰にでも言えることという意味で捉えていいんですか?」
という明日美の質問に、
「ええ、そうです。ただ、これはあなたに聞いていることだということを忘れないでほしいことでもあります」
と言われて、明日美は考えてみた。
この世で不可能なことはないと絶対に言えることということになると難しい。
「それは消去法で考えて、消去できるところがないと考えていいわけですよね?」
やればできるという発想であれば、できることもあるだろう。しかし不可能なことがないと言い切っているのだから、できないということがあってはいけないことだ。そう考えると、消去法で考えてあってはならないことが常識として信じられることでなければいけないはずだ。果たしてそんなことがあるんだろうか?
と明日美は考えていた。
「そうです。できないということがあってはいけないことです。ただし、『できないこと』という発想でいると、この回答に行き着くまでには結構時間が掛かります。行き着かない場合もあるでしょうね」
と彼女は言った。
「ということは、自然現象であったりすることなのかしら?」
というと、
「摂理に近いと言っていいかも知れませんね」
そこまで言われると、さすがに明日美も気が付いた。
「なるほど分かったわ。それは死ぬことね?」
「ええ、そうです。『この世で唯一、不可能ではないと確実に言えることは、死ぬことだけである』ということになるんですよ。だから、宗教団体というのは、死というものを無視して存在できないんです。中にはそれを商売のようにして悪用している悪徳な団体もありますが、それは別ですよね」
「ええ、分かりました。でも、それがあなたの団体とどうかかわってくるんですか?」
「私たちの団体は、そんな死を恐れないように迎えられたらいいと考えています。それには死というものが『不可能ではない確実なもの』という意識を持ってもらって、怖くないものだという認識に立ってもらうことなんです」
「でも、死を怖いものではないと考えると、自殺というものも増えたりしませんか? 他の宗教では自殺を罪として認めないところも結構ありますよね?」
「ええ、私どもの団体は、自殺も容認しています。人間はいつかは絶対に死ぬんです。死ぬと分かっていることを自分で決めて何が悪いのかって考えているんですよ」
「でも、社会で生活している以上、家族もいれば仲間もいる。それでも死を容認するんですか?」
「ええ、先ほども言ったように自分のすべてを否定されることは本当に辛いことです。そんな追い詰められた中で生きていくというのは、まるで針のむしろですよね。だったら、死んだ方がマシだって私たちは考えます」
「でも、死んだら終わりじゃないですか?」
「ここからが他の宗教とも重なるんですが、死後にも世界が広がっていると思うんですよ。死んだらすべてが亡くなってしまうわけではなく、限りなくゼロに近くなるだけで、この世には残っている。輪廻で戻ってくることもできるんですよ。ただどこに戻るのかは分かりませんけどね」
「記憶も意識もリセットされて、まったく違う人間として生まれ変わるわけですね?」「そうです。だから死を悪いことだとは私たちは考えていません。苦しんで生きるよりもむしろ早めに見切りをつけてしまう方がよほどマシだと私たちは考えます」
と彼女は言って、少し沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは彼女だった。
「あなたのまわりにも、今までに急にいなくなった人がいたことを覚えていませんか?」
それを聞いて、小学生の頃のかくれんぼを思い出した。
「なんとなく覚えているんですが、いなくなった人がいたような気がしたんですが、誰もそのことに気付いていなかったような気がしているんですが、それっておかしいですよね?」
「そんなことはありません。人が自分から死を選んだ場合。その人がまわりの誰かから完全に自分を否定されて死に至った場合。彼の存在は死んだ瞬間から、彼に関わった人たちの記憶から消えてしまうんです。信じられないかも知れませんが、それは今聞いたショックによるもので、あなたなら、すぐに理解できるんじゃないかって思います」
「どうしてそう思うんですか?」
「あなたは、小学生の頃からずっとそのことを無意識とはいえ、考えてきたはずです。そして同窓会の時に、さらに意識を深めたんじゃないですか?」
「ええ、その通りです」
「実はあなたと同じような思いをした人があなたの身近にもいたんですよ。それが坂戸舞香さんだったんです」
「舞香が?」
「ええ、彼女は歴史学について独自の発想を持っていましたので、私の話にも容易に理解できたと言っていました。そして明日美さん、あなたも彼女とは違った意味で歴史に造詣が深い方ですよね? だから私の話もすぐに理解していただけるんじゃないかって思っています」
「まるで夢を見ているような感覚です」
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次