不可能ではない絶対的なこと
「ええ、少なくとも入信した時に比べれば自分というものを少しは分かってきたような気がします。そうでなければさっきの常識についての話も、自分の発想の中にはなかったかも知れませんからね」
という彼女を見ていると、自分も何かおかしな気分になってくるように感じる明日美だった。
「あなたにはお友達はいますか?」
と聞かれて、すぐに頭をよぎったのは舞香だった。
「ええ」
「今最初に思い浮かんだ人というのが、きっとあなたにとっての本当のお友達なんでしょうね。私も思い浮かぶ人はいますよ。思い浮かべる時は、いつもその人なんです」
明日美の場合は、舞香以外に友達と言える人がいるわけではないので、当然友達と言われると舞香以外を思い浮かべることはなかった。
彼女は続けた。
「その人は、いつもどんな表情をしていますか? 思い浮かべる時は、いつも同じ表情なんですか?」
と言われて、明日美はハッとした。
それまで舞香のことを思い浮かべることはあまりないと思っていたが、彼女に言われて思い返してみると、いつも同じ表情だったと感じたからだ。
「どうやらあなたにも分かったようですね」
明日美が何も答えないのをいいことに、彼女は勝ち誇った様子で答えた。
「ええ、今まで思い浮かべたと思ったことがなかったのに、今思い返すと、いつも同じ表情の彼女を思い浮かべていたんですね」
「そうです。まるでデジャブのようにそっくりの情景を思い浮かべると、最初に思い浮かべたことが薄くなってしまって、記憶の中で同化してしまうんでしょうね。だから何度も思い浮かべていたとしても、それを意識したことがない。そして、それを当然だと思うようになるんですよ」
「この場合の当然というのは、人それぞれに感じる常識のようなものなんでしょうか?」
「ええ、私はそうだと思います。人それぞれなんだけど、方向は同じ。つまり力の強弱が違うだけで、発想は同じところから生まれています。だから、人それぞれでも意識することはないんですよ」
「そう考えると、人それぞれの常識も皆似たようなものなんじゃないですか? だとすると私は納得がいく気がします」
「あなたがいう納得というのは、自分の中で一番強い感覚なんでしょうね。事実として突き付けられても、自分で納得できなければ、信じることができないと思う感情。我が強いと言われる人に多い感覚ですね」
「私はそこまで自分の我が強いとは思っていませんよ」
「それはそうでしょう。我が強い人のほとんどは、自分で意識していませんからね。つまりはあなたのいう納得ができないということなんでしょう」
「そうかも知れません」
「ところであなたのお友達なんですが、私にはその人のことが分かるような気がするんです」
「どういうことですか?」
「あなたと正対していると、今は私があなたの目の前にいるんですが、あなたのお友達が目の前にいる時を思い起こすことができるんですよ」
「なぜ?」
「あなたの瞳の奥を見ていると、分かってくる気がするんですよ」
このセリフは、さすがに明日美の気持ちを冷めさせるような発言だった。
――これこそ神かかった発想であり、マインドコントロールのようなものだわ。洗脳されないように気を付けないと――
と感じた。
しかし、彼女はお構いなしだった。今までの様子を見ていれば、明日美が冷めた目になっていることなど分かりそうなものなのに……。
彼女は続けた。
「瞳って、よく見ていると、相手が見てきた残像が残っている場合があるんです。会話などから相手が思い浮かべたことが見えてくることがある。私は宗教団体に入信して、そのことを悟り、相手の瞳を見ることで、その人の過去を少しでも覗くことができるようになったんです」
「正直、信じがたいですね」
「いいんですよ。信じる必要はないです。ただ、私の見たのを聞いていただければですね」
と言った。
――何を言い出すんだろう?
と思っていると、彼女は語り始めた。
「この間、あなたは同窓会があって、そこで過去に気になっていたことが一つ解決されましたよね?」
それは、かくれんぼのことであろうか? もしそうだとすると、少し違っているように思えた。
「すべてが解決したというわけではないんですよ」
「あなたはそう思っているかも知れませんが、お友達とそのお話をしていれば、すべてが解決したかも知れませんね。まだお話になっていないんでしょう?」
と聞かれて、
「ええ、別に彼女には関係のないことですからね」
と、明日美は彼女が何をいいたいのかを探りながら、少し胡散臭そうに感じているかのようにあからさまにつっけんどんな話し方になっていた。
「でも、心の奥では聞いてもらいたいと思っていたはずですよ。その気持ちを私はあなたの瞳の中に看過しました」
――確かにそうかも知れない――
と感じたからか、彼女の言葉に反論できないでいた。
「お友達はね。自分があなたと同じような経験をしていて、それを自分の同窓会であなたと同じように感じているんです。そして、お友達はその時のことをこう考えているようなんですよ。『自分のすべてを否定された』ってね」
と彼女は言った。
――自分のすべてを否定されたとはどういうことだろう?
明日美は自分を否定することは結構あったが、すべてを否定するなどありえなかった。
しかも、まわりから否定されたことに対しては、謙虚な気持ちで受け入れるという性格ではなかった。逆らってみたくなる性格だったのだ。
「すべてを否定されるのって、考えてみればこれ以上辛いことはないと思うんです。まずは、まわりから自分が否定される。それはその人から自分のすべてを否定される場合もあれば、他の人すべてから、あなたの一部分を否定されることもある。そのどちらも『自分のすべてを否定された』と感じることなのではないかと思いますが、あまたはどっちが辛いと感じますか?」
と、相手は不思議な質問をぶつけてきた。
少し迷ったが、
「私は、一人の人からすべてを否定される方が辛いと思います。後者だったら、自分のすべてを否定されたとは思わないからですね」
というと、
「なるほど、それはあなたの考え方ですね。誰も口にしないので意外と皆気付いていないかも知れませんが、後者であっても、自分のすべてを否定されたと考える人が結構いるんですよ。もちろん錯覚なんですが、そう思うほど後者も辛いことですよね。まわりから嫌われたり無視されたりするわけですからね」
「確かにそうですね。自分の味方は誰もいないという気分にさせられますからね。追い詰められてしまう気持ちになってしまうんだって思います」
「あなたは当然のように前者を選んだ。それが普通なんだって私も思うんですが、他の人はそれを自分で認めようとしないんですよ。一人の人とはいえ、自分のすべてを否定しようとすると、何かから逃れられないという呪縛を感じるからなんでしょうね」
「その何かとは?」
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次