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不可能ではない絶対的なこと

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 その時初めて、祖母から夕凪という言葉を聞いた。あれはまだ小学生の二年生の頃くらいだっただろう。祖母の家に遊びに行って記憶に残っていることといえば、夕凪の話くらいだったからだ。
「夕凪というのはね。夕方の日が沈む少し前の時間帯のことで、風が吹かない時間のことなんだよ」
 と聞かされた。
「どうしてその時間をわざわざそんな風に呼ぶの?」
 と小学二年生の女の子がよくそんな発想になったものだ。
「それはね、その時間帯に魔ものが現れると言われているからなのよ。妖怪だったり悪魔だったりお化けだったり、その正体は分からないんだけどね。昔からそう言われているの」
 と祖母は話した。
「そんな怖い時間って、短いのよね」
「ええ、そう。短いから誰も意識せずに過ごしていくんでしょうね。だから昔の人はその時間を特別な時間だとして意識して過ごせるように、そう定義づけたのかも知れないわね。本当に魔ものが現れるかどうかは別にして、一日の中で一番恐ろしい時間ということになるわね」
「どうしてその時間なのかしら?」
「昔は暦というものが違っていて、今は一日の終わりが午前零時ということになっているんだけど、昔は日没だったのよ。だから、一日の終わりにふっと気が抜けてしまう時、魔ものに襲われないとも限らないことから戒めとしてそう言われるようになったのかも知れないわね」
 と祖母は言った。
 舞香はその時の言葉を今も覚えている。
 しかし、一つ気になっているのは、今でこそ当たり前のこととして分かっていることではあるが、日没というのは、日によって違うものである。夏が遅くて冬が早い。太陽に照らされている時間は、毎日違っているのに、それを一日の単位とするというのは実におかしなものだと言えるのではないだろうか。
 舞香はかくれんぼで皆と別れてひとりで家路についたが、その時ふと、
「おや?」
 と感じた。
――確か、かくれんぼをしていたのは鬼を含めて五人だったんじゃないかしら?
 と思った。
 確か、最後は四人だったような気がする。それなのに誰もそのことに違和感と訴える人はいなかった。舞香も最後まで違和感がなかったが、気が付いてみると、実におかしな感覚だ。
 舞香は、
――明日になれば、誰かがおかしいと言い出すかも知れない――
 と思ったが、誰も何も言わない。
 昨日自分を誘ってきた彼女も舞香を見ても何も言わない。それどころか何事もなかったかのような様子だった。ただ、前の日まで輪の中心にいるようなオーラを感じさせた彼女から、その日以降、そんなオーラは感じない。どんどん影が薄くなっていって、いつの間にか彼女は舞香の意識の中から消えていたのだ。
 舞香がかくれんぼに参加したという事実は、誰の頭の中に認識されていなかった。舞香自身もしばらくの間、意識していなかった。それを思い出したのは、明日美に出会ってからだった。
 何かのきっかけがあったわけではない。哀歌にとって明日美は、
――何かを思い出す起爆剤のような存在――
 として意識されるようになった。
 同窓会は明日美と知り合ってから三か月ほど経ってからのことだった。
「坂戸さん、変わったわね」
 と、同窓会のメンバーから口を揃えて言われた。
 そもそも、舞香は人から声を掛けられるタイプではなかったので、最初は違和感があったが、次第に声を掛けられることにも慣れてきて、
「そうかしら?」
 と受け流すような言葉ではあったが、内心では喜んでいた。
 ただ、皆が口を揃えて同じことを言うのは少し気持ち悪かった。同じことを言われているうちにまわりの皆が同じ顔に見えてきたからだ。誰が誰なのか分からないような状態にまでは至らなかったが、錯覚が妄想に繋がりやすいと思っている舞香にとって、由々しき状態であったことは間違いない。
 舞香が同窓会の話を聞いたのは、どうやら最後の方だったようだ。
「坂戸さんが参加するなんて、どうしたことなんだって話もあったのよ」
 と、子供の頃から毒舌な女の子からそう言われた。
 苦笑いを浮かべながら、
「そう?」
 と受け答えていたが、小学生の頃のようにオドオドした様子ではない自分にビックリしていた。
――相手はどう感じただろう?
 小学生の頃には考えたこともないことだった。
 余計なことを考えないことが自分にとって一番被害が少ないことだと感じていたからだ。いつも誰かに攻撃されているという被害妄想を抱いていた舞香は、なるべく目立たないようにしていた。
 そんな舞香にかくれんぼの誘いがあった時、当然躊躇した舞香だったが、誘われても違和感がなかったのは、その子と前から友達だったような気がしたからだった。
 彼女がそういう雰囲気を作ってくれたからなのかも知れないと思ったが、友達という言葉をその時に考えたことだけは覚えている。
 どのような結論が出たのか覚えていないが、かくれんぼに誘ってくれた彼女が、実は輪の中心にいたわけではないということも、彼女を友達だと思った理由の一つだったのではないだろうか。もし彼女が輪の中心にいるような女の子だったら、舞香は彼女の圧に負けないようにしようと意地を張ってしまうかも知れないからだ。
 しかし、彼女の圧を感じることもなく、かくれんぼに参加できたのは、彼女が輪の中心ではなく、おそらく人数が足りない時、誰かを調達してくるという役割を背負っていたからなのだろう。
 その役割も義務のようなものではなく、グループの中で自他ともに認める自然な役割だったのだろう。グループの一人一人にそのような役割が暗黙の了解で存在しているとすれば、舞香にとってかくれんぼは、自然に受け入れられる遊びだったの違いない。
 ただ、かくれんぼが終わってからのまわりの雰囲気は想像していたものと違っていた。
――これで皆に解けこめた――
 と感じていた舞香だったが、終わってからの視線は冷淡なものだった。
――もう少し暖かなものだと思っていたのに――
 と感じると、それまで知らなかった皆の奥を垣間見たような気がした。
――見なければよかった――
 その目が自分に向けられた時、せっかく友達になれたと思った自分が浅はかだったことに気付いた。
 だが、それは誤解だったようだ。
 同窓会で舞香に声を掛けてきた友達は、舞香のことを意識していた。
――あの時は、一番冷淡だと思ったのに――
 と、声を掛けられた時、思わず後ずさりしてしまいそうになった自分を思い出した。
 会話が終わってから、彼が去っていく後ろ姿を見ると、小学生の頃の彼を思い出していた。
――私、彼のことが好きだったんだわ――
 と感じた。
 それは、彼の後ろ姿に逞しさを感じたからで、後にも先にも後ろ姿に逞しさを感じる男性を見たのは、彼だけだったからだ。
 それは小学生時代から変わっていない。いや、むしろ小学生時代の方が余計に感じたことだったようだ。今は今で逞しさが増したのは否めないが、それは自分も成長下からであって、成長の度合いは女性の方が早いという意識を持っていることから、彼を見ている自分の気持ちにウソはないと思えたのだった。
 舞香は小学生の頃に感じていたことがあった。