不可能ではない絶対的なこと
舞香は自分を寂しい人間だと意識していたが、それを悪いことだと思ってはいなかった。中途半端な性格は、その時の感覚から来ているのではないかと感じたくらいで、舞香の中で誰かに自分を変えてもらいたいという他力本願な気持ちがあったのも事実だった。
だが、他力本願が成就することなどないという思いはいつも持っていて、そんな自分に自己嫌悪を感じていたのも事実だった。
そんな時、山下が話した「かくれんぼ」の話、実は自分にも思い出があった。
小学生の頃は人に誘われても、やんわりと断っていた舞香だったが、自分にも一度だけ人から誘われて嬉しくなったのを思い出していた。
――あれは、五年生になった頃だったかしら?
記憶は曖昧だったが、
――この年になってかくれんぼなんて――
と感じた記憶があったことから、小学生でも高学年だったのは間違いない。
ただ、卒業が迫っていたという意識はなかったので、五年生よりも下だったように思える。消去法で四年生か五年生だったのだ。
六年生になってすぐの頃から、すでに中学時代を想像していたような気がする。それは小学生までの自分を顧みて、このまま中学生になってしまうことがあまり嬉しくないという思いがあったからだ。
それでも中学生になって何も変わらなかったのは、六年生という時期が、自分で感じているよりもあっという間に過ぎてしまったからだろう。それまでの一年一年の感覚でいると、六年生は気が付けば終わっていたような感覚だった。それからというもの、一年一年はあっという間に過ぎるような感覚に陥っていた。それなのに、繰り返している一日一日は長く感じられた。
――時間の間隔が意識の感覚と狂わせてしまっているようだわ――
と、まるでダジャレのような発想になった舞香だったが、それを自分でおかしいと思うことはできなかった。
かくれんぼに誘ってくれたのは、クラスの女の子だった。最初は二人で遊ぶものかと思ったが、数人でかくれんぼをすると言われて、あっけにとられた気がした。相手の女の子も舞香のそんな表情に何も感じていないかのように、
「ねえ、いいでしょう?」
と、押せば折れるということを確信しているかのように誘いかけてくる。
そういう意識で誘われると、人は断りきれないようだというのを、舞香はその時初めて感じた。断りきれないことを自分だけではないと思うことで、自分を正当化させようと思ったのかも知れない。
「舞香は初めてなので、本当は自己紹介してもらおうと思ったんだけど、嫌ならいいわよ」
と言われた。
「あっ、じゃあ、自己紹介はなしで」
と舞香は答えた。
自己紹介などしてしまうと、その瞬間から自分は彼らの友達ということになる。友達ということになると、それなりに束縛を受ける気がしたのだ。友達がいらないというわけではないが、束縛を受けることは嬉しいことではない。束縛を受けるくらいなら、友達などいらないと思ったほどだった。
「じゃあ、それでいいわ。今日かくれんぼに参加するのは五人なの。まずは鬼を私がするわね」
と言って、彼女はまわりにそう言って納得させていた。
まわりは皆男の子で、皆誰も何も言わない。彼女はそれをいいことに自分が中心になって仕切っているようだ。
かくれんぼは自然と始まった。舞香は適当に隠れた。別に見つかってもいいという思いがあったからだ。むしろ早めに見つかった方がいいとも思った。最後まで見つからないことに言い知れぬ恐怖のようなものがあったからだ。
舞香の狙い通り、最初に見つかったのは舞香だった。
「みーつけた」
と、鬼の彼女は嬉々として舞香を見つけたが、見つかった舞香はどんなリアクションを示していいのか分からずに、見つかったことでばつが悪いという雰囲気を作り出すことで、その場をやり過ごした気がした。
舞香が一番最初に見つかってから、次の人が見つかるまでには少し時間が掛かった。舞香は見ていて、
――そんなに難しいかしら?
と、自分も皆が隠れているところを見たわけではないので鬼の彼女と同じ立場で見ることができたのだが、明らかに見つかってもいいような場所に隠れているのが分かっているだけに、
――一人か二人は簡単に見つけられそうなのに――
と感じた。
すると鬼である彼女は、普通なら探しそうな場所をわざとなのか探そうとはしない。よく見ていると、そこに隠れているのは分かりそうなものなのにである。
「なかなか見つからないわね」
と彼女は口ではそう言いながら、何かを楽しんでいるようだ。
その時になって、
――彼女がわざと見つけないようにしているのではないか?
と感じるようになった。
その理由は分かるはずもないのだが、このかくれんぼという遊びには、舞香の知らないところで暗黙の了解のようなルールが存在していることが分かった。
舞香はそれを見ていてじれったさを感じていたが、その思いが表に出そうになったちょうどその頃、
「みーつけた」
と言って、初めて彼女はもう一人を見つけることができたようだ。
――見つけることができたわけではなく、見つけたことにしたんだ――
と思ったが、見つかった方も、
「ああ、見つかっちゃった」
と、いかにもシラジラしいその声に、舞香は苛立ちを通り越して、呆れていた。
一人が見つかると、あとの二人はあっという間に見つかって、見つかったことをやはり安堵のように答えていたのが印象的だった。
「じゃあ、今日はそろそろ終わろうかしらね?」
と彼女が言い出した。
確かに夕日は西の空に傾いていて、夜のとばりが下りるのは時間の問題だった。
――それにしても、たった一回だけのかくれんぼだなんて――
とビックリした。
せめて、数回あってもいい時間だったはずなのに、たった一回で終わるというのは信じられなかったが、それと同時に、誰もが一回だけのかくれんぼに何も意義を捉えなかった。リーダー格の彼女に対して、最初から最後まで誰も意義を唱えるどころか従順に従っていた。それを思うと、舞香は、このかくれんぼが最初から決まったシナリオであったことが分かった気がした。
――いつも一回で終わるために、なかなか鬼が隠れている人を見つけないという暗黙の了解ができあがっていたんだ――
と舞香は思った。
「じゃあ、皆、また明日ね」
と言って、リーダー格の彼女はそそくさと帰っていった。
まわりの男の子たちも何も言わずに家路を急ぐ。舞香を誘ったにもかかわらず、最後に舞香に何も言わなかった彼女。どういうつもりなのかと思ったが、最後は舞香がいることさえ意識していないかのように思えるほど淡泊だった。
――本当に私のこと、意識していなかったのかも知れないわ――
広っぱから、誰もいなくなった。
夕日は完全に西の空に没していて、風のない時間いわゆる、
――夕凪の時間――
を意識していた。
小学生の五年生で、夕凪を意識するなんて自分でもビックリしていたが、夕凪を意識し始めたのは、もっともっと小さな頃で、田舎の祖母の家に遊びに行った時のことだった。
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次