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不可能ではない絶対的なこと

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 舞香は明日美と出会う前のことを思い出していた。それまでの舞香は何をやってもうまくいかない。それは、自分が消極的な性格だと思っていたからだ。まわりの人と協調できないということが舞香にとって消極的な性格にさせる原因だと思っていた。だが、原因が分かったとしても、それが解決策に結びつくことはなかった。
――私は何をやってもダメなんだ――
 という思いを強く持っていた。
 しかし、そんな時、舞香が唯一気が楽だったのは、
――私よりももっと悲惨な人がいる――
 という思いだった。
 あれは小学生の頃だった。四年生から五年生になる頃で、まだまだ子供だという意識のあった頃だった。
 その人は、舞香と同じようにまわりと協調することがなく、一人孤立していたが、舞香はその子のことを注目するようになっていた。
 彼女は舞香よりも成績が悪かった。元々成績は悪くなかった舞香だったので、彼女を気にするようになってから、
――私が負けるはずはないんだ――
 という思いは強かった。
 彼女も決して成績が悪かったわけではなかったが、舞香には追いつかなかった。舞香とすれば、自分よりも成績の悪い彼女が自分よりも上に来ることはないという自信を持ったことで、自分が孤立していても、気になることはなかった。
 小学生の頃の友達関係というのは、一緒にいて楽しいだけだという思いがあったので、別に孤立が悪いことではないと思っていた。だが、中学に入ってからも友達ができることはなかったので、その考えが間違っていたということに気付いたのは、かなり後になってからのことだった。
 それを感じたのは同窓会があった時のことだった。
 小学生の頃には誰も話しかけてくれなかったのに、同窓会になると、話しかけてくれる人がいた。
「坂戸舞香さんだよね?」
 声を掛けてくれたのは男の子だった。
 その子のことは小学生の頃から意識していた。といっても好きだったというわけではなく、いつも輪の中心にいる男の子という意味で見ていただけで、意識していたと言っても遠くから見ていたというだけで、別にその頃に、仲良くなりたいという意識があったわけではない。
 だが、卒業してから三年ほど経っていたにも関わらず、彼に声を掛けられるとドキッとしてしまった自分にビックリした。
 ドキッとしてしまったのは、声を掛けてきたのが彼だったからなのか、それとも他の人から声を掛けられたとしてもドキッとしたであろうかと思いと、そのどちらも一概には言えないと思った。
 前者と後者とでは、同じドキッとしたという表現をしても、感覚は違うものだったに違いない。言葉とはいい加減なもので、違った感情を表現するのに同じ言葉を使うという考えもあれば、逆に同じ言葉を使っているのに、違う感情が育まれていると考えると、いい加減なものなどではなく、とても大切なものだと考えられることから、言葉というものに興味深いと考えるのも無理もないことだと思うようになっていた。
「ええ、坂戸です」
 と舞香が答えると、
「やっぱり坂戸さんだったんだね。小学生の頃、僕は声を掛けたいと思ったことが何度かあったんだけど、何となく声を掛けにくい雰囲気があって、声を掛けられなかったことをいまさらながらに後悔しているんだよ」
 舞香は彼が何を言いたいのかよく分からなかった。
 彼の名前は山下君と言った。山下君の視線を小学生の頃に感じたことはなかった。今の言葉を額面通りに受け取っていいものかどうか、舞香は迷っていた。
「山下君は、いつもまわりに皆がいたので、私のことなんか気にしていないのかって思っていたわ」
 と、少し棘のある言い方をした舞香だったが、山下は気にしていないようだった。
 その雰囲気があるから、自分のまわりに人を惹きつける魅力があるのかも知れないと舞香は感じていた。
「そんなことはないよ。僕は誰とも仲良くなりたいと思っていたんだ」
 一瞬、その言葉を聞いて、急に冷めた気分になったが、それは一瞬のことだった。
 もし一瞬でなければ舞香はこれ以上彼と話をする気分になれず、そそくさとその場を後にしたかも知れない。その場を立ち去らなかったのは、今から思えば舞香自身が大人になった証拠ではないかと思うのだった。
「そうだったんだ。でも私のように人を避けていた相手にでも、そう思っているの?」
 と舞香がいうと、
「そんなことはないよ。坂戸さんは自分から話しかけるのが苦手なだけで、そんな人をこっちから避けていては、せっかく仲良くなれるかも知れない相手をみすみす逃してしまうというのは寂しい気がするからね」
「寂しい?」
 舞香は、寂しいという言葉に反応した。
「うん、寂しい。あの時こうしておけばよかったと後になって後悔するようなことを、俺は寂しいと思うんだ。だってそうじゃないか。その時にできなかったことで後になって後悔するんだよ。その間の空白を考えると、寂しいって思わないか?」
 という彼の話を聞いて、
「山下君は、まず空白を考えるんだね。私は空白を考えるよりも、その間に気持ちがどう変わったのかということを先に考えてしまうわ」
 と舞香がいうと、
「結論としては同じなんだろうけど、その過程が違うと感じ方も変わってくるんだろうね。俺はこういう話をするのが実は好きなんだ。だからそれができなかった過程の空白をまず考えてしまうんだ」
 と山下が言った。
「坂戸さんは、小学生の頃、いつも一人だったけど、毎日何を考えていたんだろうね?」
 と聞かれて、
「毎日同じことを考えていたという感覚はないわ。ただ、いつも何かを考えていたという式はあるし、考えが堂々巡りを繰り返していたという思いもあるの。でも毎日少しずつ新たな考えが生まれていたような気がするわ」
 と舞香が言うと、
「なるほど、俺も自分でも同じような考えを持っていたけど、結局は毎日同じことを考えていたような気がする。でも今から思えば、それは新しいことを考えたとしても、その次の日には忘れてしまっているんじゃないかって思うんだ。記憶の中に残しておくことには限界があって、毎日新しいことを考えてしまうと、最後にはその容量がパンクしてしまうという考えだね」
 と彼は言ったが、
――何て斬新な考え方なのかしら?
 と舞香は感じた。
 舞香も、自分で何かを考えたとしても、考えたことを一瞬にして忘れてしまうことも結構あって、それは覚えておかなければいけないと思うようなことが多かったように思えてならない。
――何て、頭の中って皮肉にできているのかしら?
 と考えたものだ。
 そんな考えの中、舞香は彼との会話で自分がそれまで考えてきたことで忘れてしまったことを思い出せそうな気がした。
 彼の話には、感心できるところもあれば、当たり前のことを当たり前のように話しているという思いがあった。舞香から見て両極端に見えるそのイメージは、今までに出会ったことのなかった人種に思えて不思議な感覚に陥っていた。
――そんな彼と、小学生の頃、同じクラスだったなんて――