不可能ではない絶対的なこと
ともう一人が言った。
「完全に影に隠れた話が存在していたということだね。話が錯綜してしまったのもそういうことがあったからなのかも知れないな」
「でも、俺は転校していったやつのことよりも、話題にもならなかったやつの方が気になっているんだよ。あの日のことを今でも意識している人がこの中にもういないように思っていたからね」
「俺もお前が言い出すまでは忘れていたんだ。でも、さっきの明日美たちの話を聞いて、頭の中で釈然としない思いがあって、それがどこから来るのか分からなかったので何も言わなかったが、お前が思い出させてくれたおかげで釈然とした気がしたんだ。今日は、そういう日なのかも知れないな」
と言って一人納得していたが、まわりにいる連中はやはり他人事であったが、その中に自分も当事者として存在していたことを理解できないでいるのだろう。
――真実と事実の狭間――
何が真実で何が事実なのか、錯綜している話の中で、明日美はいろいろと考えていた。だが、結論など出るはずもなく、その時は話が終わった。なんとなく話が収束したのだが、この話題を今後誰かが掘り出すことはないような気がした。
誰かが言ったように、
――今日はそういう日なのかも知れない――
と感じたのだった……。
すべてを否定
明日美は舞香と久しぶりに会った。どちらから連絡をすることもないと、次第に連絡をするのが億劫になってくる。同じ学校に通っていたり、同じ職場ならまだしも、それどころか、かたや学生、かたや社会人では、それぞれに立場を考えて、遠慮してしまうというものだ。
――億劫というと、語弊があるんだろうな――
と明日美は感じていた。
明日美と知り合ってからの舞香は、それまで友達がいなかった自分がどうして友達ができたのか、考えるようになった。
――あの時、どっちから声を掛けたんだっけ?
そんなことすら覚えていないほど、明日美との出会いに緊張していたのだろうか。
ただ、明日美と会話をしていて歴史の話になると、完全に饒舌になっている自分を感じていた。
――私と同じように歴史に興味を持っている女性がこんなに身近にいるなんて、思ってもみなかったわ――
と感じていた。
明日美の方も、
「歴史に興味がある人がこんなにそばにいるなんてね」
と同じことを感じていると分かった時、舞香は初めて笑顔を見せたような気がしていた。
――やはり相手から話しかけられたんだわ――
そうでなければ、笑顔を意識した瞬間を覚えているわけはないと思った。
最初に声を掛けられたことで、ビックリしてしまい、相手から話の続きをされなければいくら歴史の話とはいえ、続かなかったに違いないと思ったからだ。
もう一つ、舞香が明日美との会話でどうしても気になってしまって、その言葉が忘れられなかったのは、
――あなたとは、初めて出会ったという気がしないの――
と言われたことだった。
それを聞いて、そのことに何と言って言葉を返したか、それこそ覚えていないが、きっと何かを返したのだろう。舞香の中にも、
――あなたとは初対面ではない気がする――
と、最初から感じていたと思ったからだ。
舞香は自分の子供の頃を思い出していた。
歴史が好きになったのは、友達がいなかったということも大きな原因だった。誰かと友達になるには、いくら自分から声を掛けるわけではなくても、相手に声を掛けてもらう必要がある。そのためには相手に対して声を掛けやすい相手だと想わせる必要がある。それが舞香には欠けているような気がして仕方がなかった。
案の定、友達ができるわけではなかった。小学生の低学年の間に友達が何人かできていなければそれ以降友達ができるということもないと思っていた。
その考えは当たっていた。
実際に小学五年生になった頃にまわりを見てみると、友達がいない人は決まっていて、その様子は完全に一つのパターンで決まっていた。それがどういう共通性を持っているのか説明は難しかったが、ハッキリと言って、
――これじゃあ、友達なんかできっこないわ――
と思える連中ばかりだったというのは否めない。
おちろん、舞香の中でも、
――私だって、あの人たちと友達になろうなど思いもしないわ――
と思うほどで、それをまわりから自分が思われているということを考えると、少しゾッとしたが、それも仕方のないこと、だからこそ、それまでまわりを意識して見ようとはしなかったのだと自分で納得していた。
――私の方が。まわりから見ているあの連中への毛嫌いした思いは強いのかも知れないわ――
と舞香は思っていたが、それは同時に自己嫌悪に結びつくものであった。
舞香は自己嫌悪を感じていると分かっているが、それを認めたくないというもう一人の自分がいるのに気付いていた。そしてそのもう一人の自分への反動からか、自己嫌悪について余計なことを考えないようにしていた。そうすれば、もう一人の自分は自分の中で封印できて、表に出ることはないと思っていたからだ。
――まさか、他の友達のいない連中も同じようなことを考えているんじゃないでしょうね?
それを考えるとゾッとしたが、敢えて考えないようにすることしかないのではと思った舞香は、
――いろいろ考えるといちいち自分を否定しようとしているんだわ――
と考えるようになっていた。
そのことは意識しないようにしていたので、普段は分かっていない。歴史の本を読みながらふいに思い出すことがあったのだが、それは歴史の本を読んでいる時の自分は、いつも何も考えていないように思っているのだが、気が付けば、
――いつも何かを考えている――
という自分を反映しているかのようだた。
考えていることは、その時々で違っている。ふと我に返った時に、
――今、何かを考えていた――
と思うのだが、我に返ってしまったその時に、何を考えていたのか、忘れてしまっている自分がいた。
――まるで夢から覚めた時のようだわ――
舞香には、
――夢を見たら、目が覚めるその時に、夢で見たことを徐々に忘れていくものだ――
という意識があった。
それは舞香に限ったことではなく、皆が感じていることだというのを、中学生の頃に分かったのだが、それは舞香にとって不思議な感覚だった。
――自分だけだと思っていたのに――
という思いが一番強かったからだ。
普通なら、皆も同じことを考えていることで、安心するものがほとんどなのだろうが、夢から覚める感覚に限って言えば、
――自分だけのものであってほしかった――
と感じた。
この思いはその時初めて感じたものだったが、そんな感覚はこれからもどんどん明らかになるのではないかと思うのだったが、その思いはあながち間違っているものではなかった。
明日美と出会うまでにもいくつか感じたことだったが、明日美と出会ったことで、もっと他にも同じ感覚を味わえる気がしたのだが、それ以上に、その理屈を自分で理解できるようになるのではないかという期待を、明日美に対して感じていたのだ。
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次