不可能ではない絶対的なこと
ただ、彼の言葉には明らかに挑戦的な部分が含まれていた。そこが男子と女子の違いなのかとも思ったが、意外と女性の方がハッキリとものをいう人もいて、一概には言えない気がした。だが、明日美はハッキリとものを言うタイプではない。やはりここは彼に任せておくのが一番ではないかと感じた。
「ああ、そうだな。小学生の頃の僕は、結構暗かったからね。でも、今は自分の意見をハッキリということに目覚めたので、そのおかげか、それまでは考えられなかった輪の中心に立つこともできるし、おかげさまで女の子にもモテるようになったよ」
その言葉を額面通りに受け取れば、これほど自尊心の強い男もいないだろう。だが、明日美には彼の言葉にはどこか打算的なところがあり、本心からそう言っているのではないという思いが頭を掠めた。そこに信憑性があるわけではない。あくまでも明日美の直観である。
だが、元々リーダー格の男の子にはその打算がどれほど伝わったのか、彼は露骨な態度の相手を前にして、完全に戦闘態勢に入っていた。
「それはよかったじゃないか。お前がそんなに積極的な男だったとは思ってもいなかったよ。小学生の時にはネコをかぶっていたのかな?」
完全に上から目線である。
「そうだね、そう思われるのは仕方のないことだけど、あの時の僕がネコをかぶっていたのかどうかすら見抜けないようなら、君も大したことはないようだね」
と、彼も負けていない。
「ふふふ、それはどうも。僕にはどうやら人を見る目がないようだね。君のことを完全に見くびっていたからね。でも、その手には乗らないよ。僕は君を相手にして喧嘩するほど程度の低い人間ではないからね」
皮肉を込めていうと、せっかくの言葉にも説得力を感じない。
だからと言って、言い訳のように聞こえるわけではない。ただ、聞いていて次第に耳が痛くなるのを感じた。どちらがいい悪いの問題ではない。お互いに罵り合うのはまったく意味のないことを繰り返しているように思えてならなかったからだ。
「ところでね。僕がどうしてこんなに変わることができたと思う?」
話の筋を変えてきた。
「ん? どういうことだい?」
「ほら、かくれんぼをしていた時、一人帰ってこないことがあって、大騒ぎになったことがあっただろう?」
と言われて、相手はきょとんとした。
「そんなことあったっけ?」
ととぼけていた。
とぼけられた方は、さっきの勢いからすれば、少しカチンと来てもよさそうなのに、それに関しては怒りをあらわにすることはなかった。
「ああ、あったんだよ。君が忘れているだけなのか、それとも本当に知らないのかは別にして、あの時から僕は変わることができたんだ」
というと、
「ちょっと待って。確かに大人が騒いでいることはあったけど、確かにあの時、五人全員いたのを俺は確認しているんだ。どうして帰っていない人がいるのか僕には分からず、次の日に見つかったと聞いて、その時の騒ぎは何かの間違いだったんじゃないかって思っていたんだ」
と彼がいうと、さっきまで二人の様子を傍から眺めていたその頃の仲間たちは、その言葉に一斉に反応を示した。
「そう、そうなんだよ。俺も同じことを考えていたんだ。確かに五人いたんだ。間違いない。それなのに帰っていないなんて言われて不思議に思ったんだが、その理由が分からないので、誰も何も言わないんだって思っていたんだ」
明日美はその話を聞いて、ビックリした。
あの時、確かに五人いたという意識は明日美にもあったが、明日美はそれが勘違いだと思っていた。本当は五人いたと思ったことが間違いで、いなくなった少年もいたような気がしていた。
あの時、明日美には違和感があった。いなくなった少年というのが、本当はあの時一番暗かった、今目の前でこの話題をほじくり出すようなマネをしている彼であれば納得がいったかも知れない。
しかし、実際には彼も、いなくなった少年も明日美は確認した気がしていた。それなのにまわりが騒ぎ出したことで、明日美の中にある自信は次第に萎んでいった。
――事実が一番強いもので、事実に反する感覚は、錯覚でしかない――
という思いが頭を巡った。
考えてみれば当たり前の感覚である。事実以上の真実はないのだ。それをどうして疑うことなどできるというのか。
だから、あの時、誰もこの話題について触れることはなかったのだ。触れてしまうことで自分の中にある事実が本当は間違いで、自分の目が正しかったんだという思いが少しでも鈍ってしまうことを恐れたのだろう。
――じゃあ、あの時いたもう一人って誰だったんだろう?
明日美は考えた。
確かに五人いた。その中で皆の顔を確認した。いや、したと思っていた……。
――待てよ。一人顔まで確認できた人がいなかったような気がする――
身長と身なりで、その人だと思い込んでいたが、本当にそうだったのだろうか・
明日美はその子を最後に確認した。最後に確認したことで、皆いたように錯覚したとあとから考えれば感じた。そうとしか思えない。そうでなければ、明日美の記憶は時系列に沿っていないように感じられるからだ。
――ということは、その少年の記憶は、その時ではなかった?
と、不思議な感覚に陥っていた。
「五人いた中で、一人だけ誰だったのか分からない人がいたんだ。俺はそれを明日美だと思っていたんだよな」
と、リーダー格の男性が口にした、
「えっ?」
それを聞いて明日美はビックリした。
明日美は逆にその時の風体から、分からなかった相手というのは、そのリーダー格の少年だと思っていた。もっとも、彼のような目立ちやすいタイプの少年を、雰囲気だけで破断したという自分が浅はかだったと今では思っているが、その時は、
――それだけで十分なはずだ――
と感じていたことだろう。
「でも、確かに五人いたんだよな」
とその時の当事者は皆口を揃える。
その語気には力がないが、それは人に話しかけているというよりも、自分に言い聞かせているかのようなので、それも仕方のないことである。
「俺が考えているもう一人は、二人とも違うんだ」
と一人がいうと、もう一人が、
「何かの輪廻のようじゃないか」
と言い出した。
「堂々巡りを繰り返しているそこが袋小路だったというイメージのようだ」
という人もいた。
皆それぞれに持っていたトラウマを、ここで克服しようとしているのかも知れない。そういう意味で本当に一番強いトラウマを持っていたのが、最初に話しかけてきた、当時一番暗かった彼だったのかも知れない。
「どうしてお前は、あの時から自分が変わったって思ったんだい?」
と、唐突に一人がそう訊ねた。
それを聞いて、
――待ってました――
とばかりに暗かった少年は顔が嬉々としていた。
「あの時、皆は知らないと思うんだけど、次の日に見つかったやつが隠れていた場所に最初に隠れたのは、この僕だったんだよ」
というと、もう一人が、
「えっ? じゃあ、どうして君と入れ替わったんだい?」
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次