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不可能ではない絶対的なこと

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――私だったら、三十分でも恐ろしくて耐えられなかったかも知れないわ――
 と感じた。
 他の友達も同じようなことを言っていた。
「俺なら、耐えられないよな」
 と口々に呟いていたが、すぐにその会話も続かなくなり、次第に気まずくなってくるのを嫌がっているのが分かってきた。
 一人一人気まずい雰囲気になっているのが分かったのか、この話をタブーにしようと思ったようだ。それが暗黙の了解となり、今でも皆の心のトラウマになっているだろうと明日美は思っていた。
 その時の友達は、それから少しして転校していった。転校の理由は、
「家庭の事情」
 ということだったが、本当だろうか・
 明日美たちは安心してホッとした気分になっていたが、本音としては、永遠にその時の真相が分かることはないということを、
――中途半端な気分に終わってしまいそうで嫌だ――
 という気持ちにさせられることを嫌ってもいた。
 明日美は、その時のことを時々思い出す。
――どうして、あの時、誰も何も言わなかったんだろう?
 明日美は完全に友達が一人増えていたことを忘れていた。
 自分一人がそうだったら分かることだが、他に四人もいて、誰も気付かなかったということが怖い。もし、あの時、気付かれないのが自分だったらと思うと、恐ろしさは背筋を汗でぐっしょりと濡らしていた。
――友達って何なのかしら?
 と考えたが、それよりも、
――人の意識って、何なんだろう?
 という思いの方が強かった。
 確かに毎日のマンネリ化が招いたことだったのだろうが、それが自分に何をもたらすというのだろうか?
 マンネリ化が悪いとでもいうのだろうか? もしそうであれば、今もマンネリ化の中にいるが、それが一番平和で、違和感なく過ごせる毎日を保てることが今の自分にとって一何の幸せだと思っている。
 ただ、それはこの時のトラウマを忘れてしまっているから感じることだ。明日美は自分が、
――都合の悪いことはいつも忘れようとしている――
 ということを分かっているように思っている。
 それも、無意識のうちなので、確信犯であることは分かっている。だが、それが悪いことなのかと言われればそんなことはない。だが、あの時友達のことに気付かなかったのは、この無意識という意識が作用しているように思えてならない。
――でも、あれは私だけのせいじゃない――
 それが明日美にとっての救いだと思っていたが、考えてみれば、人のせいにしてしまう自分を増長させているだけで、言い訳にしかなっていないことを証明しているだけだった。
 明日美がもう一つ気になっているのは、
――友達がいなくなってしまったことに気付かなかったというのは、本当のことだろうか?
 という思いだった。
 確かに、
――おかしいな――
 という意識はあったが、それはまわりの雰囲気の異様さに対してだけで、それが自分にかかわってきているなど、想像もできなかった。
 それが自分を擁護する感情から来ているものだったのかどうか、今となっては分からない。自分を擁護している感覚だったとすれば、その時にいた全員が共犯である。そう思うと、あの時の皆は、何か見えない力に動かされ、誰も気付かないようにさせられていたのではないかと思わせるものを感じた。
――何か見えない力?
 考えられるとすれば、行方不明になった友達本人でしかありえない。
「僕も誘ってくれないかな?」
 と言い出したのは本人だった。
 明日美も友達も自分たちのことだけを考えていたが、当の本人がどう考えているかなど、後になっても考えたことがなかったではないか。
――あの時の彼は、どうしていたんだろう?
 見つかったという話を聞いたが、彼がどうしてそんなところにいたのかであったり、それまで誰も探しに来なかったことへの話はまったく漏れ聞こえてくるものではなかった。
――それではあまりにも中途半端じゃないかしら?
 ただ、その思いがあったから、明日美や友達もなるべくあの時のことを思い出さないようにしようと思えたのかも知れない。
――あれは忘れなければいけない過去なんだ――
 まわり皆がそう思っていたのだとすれば、やはり何か見えない力が働いていたように思えてならないだろう。
「もう、あの話は誰もしないように」
 と誰かが言ったのかも知れないが、暗黙の了解のように、話題はタブーとされてしまっていた。
 ただこの話はここで終わるわけではなかった。
 あれは高校になってからのことだっただろうか? ある同窓会での出来事だった。それまでこの話題はタブーとされてきたはずだったのに、その同窓会で一人がこの話を持ち出したことで、急転直下、それまでの定説に翳りが見えた気がした。
 もっとも、その話にどこまでの信憑性があったのか分からないので、明日美も同窓会の時は自分でも恐怖に震えあがるような気分にさせられたが、同窓会が終わるとその気分の高揚も次第に萎んできて、今ではそんな話があったということすら、たまに思い出す程度だった。
 ただ、たまに思い出した時はさすがにその時の高揚がよみがえってきて寒気を感じるほどなのだが、すぐに冷めてしまい、またしばらく思い出すことはなくなってしまう。
 まさに、
――熱しやすく冷めやすい話題――
 というべきであろう。
 その話題を持ち出したのは、小学生の頃、一番目立たない静かな少年だった人だ。小学生の頃も、彼を誘う自分たちがいなければ、誰も誘う人間などいるはずがないと、まわりは皆暗黙の了解のように感じていたに違いない。
 そんな彼は高校生になったら、まったく違う男性に変わっていた。おしゃれや身のこなしなど、他の男の子に見劣りしないほどになっていて、
「あいつ、結構女の子にモテるらしいぞ」
 と耳打ちする人がいたが、その雰囲気を見ている限り、信憑性はかなり高いものだった。
 かくれんぼをしていた連中は、あの時のトラウマからか、誰も話をしようとは思っていなかった。それなのに、自分から声を掛けていたのは、小学生の頃には一番暗かった少年だったのには、ビックリさせられた。
「あの頃は楽しかったよな」
 彼だってトラウマになるような出来事があったのは分かっているはずなのに、何をズケズケと憚りもなく話をしようとしているのか、明日美は理解に苦しんだ。
 話しかけられた方も困惑して、
「あ、ああ、そうだよな」
 と曖昧な返事しかできずに困っていた。
 そこにもう一人が偶然通りかかり、
「君も一緒に僕と遊んでくれたよね。感謝しているんだよ」
 と言って、話しかけた。
 それは明らかに話の輪に巻き込もうという意図があったに違いない。
 明日美は見て見ぬふりをしようと思っていたが、彼の様子を見ているうちにそんなことができなくなる自分を感じていた。
 ただ、同じことを思っている人は他にもいたようで、
「お前は随分変わってしまったな」
 と皮肉を込めて話しかけた人がいたが、彼は子供の頃、このグループのリーダー格の人間で、
――彼なら私と同じ気持ちに違いないわ――
 と感じていた。