不可能ではない絶対的なこと
という先生の話に、
「それは一般的に言われていることですか? それとも先生の意見?」
と質問した人がいた。
「先生の意見です。だから、信じる必要はありませんが、一つの考え方として覚えておくのはいいことだって思うんです。何を信じるかということではなく、人それぞれにいろいろな考え方があるということを覚えておいてほしいと思っているからですね」
というと、質問した生徒は、
「分かりました」
と言って、すぐに引き下がった。
矛盾というものがどういうものなのか考え方もいろいろだが、家族に対して、そして自分自身に対しての矛盾を感じていた明日美は、ビラ配りを見ながら、矛盾について考えている自分の時間がマヒしているのを感じていた。
時間のマヒを感じていると、子供の頃にも同じような感覚があったのを思い出していた。子供の頃と言っても、記憶があいまいで、本当にいつのことだったのか、定かではなかった。
あれは確か、友達とかくれんぼをしている時のことではなかったか。子供の頃はお転婆で、男の子と一緒に遊ぶことも少なくなかった。男の子と遊ばなくなったのは小学生の五年生になってからのことだったので、その頃に何かがあったという意識はあったが、それがこの時の記憶だったのだということにずっと気付かないでいたのだ。
かくれんぼをしている時、鬼になることが多かった明日美だったが、その日は五人の友達とかくれんぼをしていた。いつもは四人だったのだが、その日は珍しく五人となったわけだが、その一人は普段は遊びに参加することはなく、いつも誘っても、
「今日は塾なんだ」
と言って、申し訳なさそうにしていた子だったのだで、いつの間にか誰も誘うこともなく、彼を誘うという意識すらなくなっていた。
だが、その日は信じられないことに、
「僕も誘ってくれないかな?」
と、彼本人から言ってきた。
ビックリした他の四人と明日美は、断る理由などあるはずもなく、
「もちろんだよ。皆で楽しもう」
と言って、彼を快く受け入れた。
かくれんぼはいつものように始まって、いつものように明日美が鬼となった。
「また、私が鬼なのね」
と明日美が呟いたが、いつものことなので誰も無表情だった。
しかし、その日初めて参加した男の子は無邪気に笑っていたのだが、その表情が本当に新鮮で、明日美はその時の彼の表情を忘れられない気分になっていた。
かくれんぼはいつものように始まった。
「もう、いいかい?」
明日美の声だけが公園の中で響いた。
いつもであれば、他の子供たちも数人はいるのに、その日は珍しく誰もいなかった。明日美の声が響くのも当たり前のことで、最初は意識していなかったが、声の響きを意識していたということは後になって思い出した。
明日美はいつものように、一人一人と隠れている人を探していった。
「見―つけた」
と言って、どんどん見つけていく。
それはまるでいつものことのように、見つけた相手はすごすごと出てきて、ニッコリと笑って、降参したようだった。
――後一人だわ――
と明日美は、三人目を見つけた時、いつものように感じた。
もう一人も特徴は分かっている。
――きっとあそこにいるわ――
と思って探しに行くと、
「見つけた」
とこれもいつものように、
「見つかった」
と言って出てきた友達を見た時、
「さあ、これで全員見つけたわよ」
と明日美が完全宣言をしたのだが、それに対して誰も意義を申し立てなかった。
そのことが後になって明日美に不思議な感覚を植え付けることになったのだが、その時は本当に誰も違和感を感じることはなかったのだ。
誰か一人でも、
「もう一人いるわよ」
とその時に言っていれば、明日美は今の呪縛に囚われることはなかったかも知れない。
明日美たちは、全員が見つかると、時間的にも日が沈む時間になるので、誰彼ともなくお開きになるというのが日課だった。
その日も、
「それじゃあね」
と誰が言い出したのか、いつものその言葉に先導されるかのように、
「またね」
と言って、皆がそこでバラバラに帰って行ったのだ。
考えてみれば、かくれんぼが終わってから急にお開きになるというのもおかしなもので、誰も疑問を呈することもなく、その場を去っていく。
「もう少し遊んで行こうよ」
と誰か一人でも言い出せば、
「そうだね、今度は何をしようか?」
という会話になったであろう。
それなのに、誰も何も言わずにお開きになるということは、友達同士で遊ぶということよりも、決まったメンバーで決まった遊びをするというだけの毎日恒例の時間をこなしているだけだということであった。
そんな中に楽しさなんかあったのだろうか?
明日美本人は楽しかったように思う。逆に少しでもパターンが違っていれば、ここまで長続きしなかったのではないかと思うほどだった。
もし、あの時何か事件がなければ、もっと遊びは続いていたような気がする。それだけ毎日の日課に違和感がなく、永遠に続くものだと思っていたのではないだろうか。
その事件とは、毎日の日課に入り込んだその友達のことが原因だった。
家に帰って普通に晩御飯を食べていた明日美はまったく気付かなかったのだが、親がどこかとずっと電話をしていた。
「ええ、うちには来ていませんよ」
であったり、
「見かけていませんね」
という声がちらほらと聞こえた。
明日美の母親も、その時明日美に何も聞かなかったので、明日美もそれが一緒に遊んだ友達であるということに気付かなかった。
次の日になって、いよいよ事態は深刻さを増してきた。何しろ、その日になってもその友達が帰ってこなかったわけだから、それも当然であろう。
警察も出動し、学校の先生も父兄たちも、それぞれ捜索に参加していた。知らなかったのは子供たちだけだったのだが、さすがに一晩発見されなかったことで、各家庭でその友達のことを自分の子供に聞くということになった。
「ああ、それなら昨日一緒にかくれんぼをしたよ」
他の友達は平然と言ってのけた。
「それからどうしたの?」
親もさほど緊張感もなく聞いてきた。まさか自分の子供が関わっているなど思ってもいなかったからだろう。
「別に何もないよ」
実はその時になって、その友達も異変に気付かなかった自分が怖くなったようだ。
だから、さすがに、
「昨日、最後にはいなかった」
とは言えなかった。
後ろめたさを抱えたまま、いつもの五人はそれぞれに恐怖を感じていたが、それもすぐに解消された。
「見つかったぞ」
その日の午前中に、友達が見つかったと連絡があった。
「どこにいたんだい?」
誰かの親が聞くと、警官は、
「公園の奥にある廃品物置き場の中の冷蔵庫にいたみたいです。最初は閉じ込められたような感じになったようなんですが、すぐに開いたみたいで、本人にはまったくケガもありません」
と報告された。
明日美はそれを聞いて、ホッと胸を撫で下ろしたが、よくよく考えてみると、
――もし私が閉じ込められたら、どんな気分になるだろう?
と感じた。
彼が閉じ込められていた時間がどれほどのものかハッキリとは分からなかったが、
作品名:不可能ではない絶対的なこと 作家名:森本晃次