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時代の端っこから

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 週命日にばあちゃんの家を訪ねた。僕と姉ちゃんそして従兄の諒一兄ちゃんもやってきた。暑いなか原付に乗ってやって来た汗だくの坊さんが読経を上げて、ぼくたちもうつらうつらしながら聞いていたが、時折入る姉ちゃんの肘鉄に呼び戻されてその向こうで諒一兄ちゃんがクスクス笑う声がしている内に、前のお鈴がなった。
「ナンマンダブ、ナンマンダブ、ナンマンダブ……」
 僕も、姉ちゃんも合わせて数珠を握ってお坊さんの後に続いて念仏を唱えた――。

   * * *

 お坊さんが帰るとおばあちゃんは冷蔵庫からスイカを切って僕たちに与えてくれた。思えばおじいちゃんはスイカが好きで孫が来ると聞いたらよく一緒に近所の市場で玉で買いに行ったものだ。晩年は体力も無くなってきて、長年の眼力で選んだスイカを運ぶ役をよく買って出た。それを思い出して故人を偲ぶと僕は食べる前におじいちゃんの遺影に思わずお礼をすると他のみんなは笑ったあと、つられてお礼をしていた。

「おばあちゃん、毎日暑いけど体調大丈夫?」
「へえへえ、お陰様で私は大丈夫やで」
 姉ちゃんがおばあちゃんを気づかって話しかけるとおばあちゃんは笑って答えた。
「でも、日中は外出たらアカンよ」
「はいはい、気ぃ使てもろておおきにな……」
僕たちは冷たいスイカを頬張り、身体を冷やした。昭和の物のない時代を生きた人だから遠慮しないでいっぱい食べる方が喜ばれる。僕も、諒一兄ちゃんも続いて二つ目のスイカに手を伸ばした。

「葬儀から変わったことあったかい?」
 口元に種を着けたまま諒一兄ちゃんが質問するとおばあちゃんは笑いながら腰を上げて玄関に行ったかと思うと、何やら封筒を持ってテーブルに戻ってきた。
「おじいさん亡くなってちょっとして、ウチにこんな手紙が来よったんや」
「なになに?」
 僕たちはスイカの上に差しのばされた封筒を見た。あて先はおじいちゃんになっている。
「中を読もうと思ったけんど、ちんまい字で読めんから賢ちゃんが読んでくれへんか」
「うん、エエよ」
 僕はタオルで口を拭き、おばあちゃんから手紙を受け取ると早速中身を取り出した。

   端島の島民へのお知らせ
  
  この度、我らが故郷・端島
  を含む地域が世界遺産に
  登録される見込みと
  なりました

  つきましては元島民の
  皆様に、現地を視察
  していただきたく特別に……  

 読み始めると、口の動きより目が先走る。声に出すまえに内容が理解できてしまい、テンションが自ずと高くなった。そして、おばあちゃんを前に最後まで読むことなく、手紙をテーブルに置いて、思わず大きな声が出た。
「ってコレ、軍艦島への案内状やんか!」

「え、ホンマに?」
 姉ちゃんが僕の言葉に反応してさっき置いた手紙をひろいあげた。
「わ、ホンマや。でも、行ってもいいところなの?」 
目を大きく開いて、横にいる諒一兄ちゃんの顔をまじまじと見た。この中で状況を判断できる人を姉ちゃんはよく知っている。
「まあまあ、続き読んでみようよ……」
 その言葉を構えていたような顔で諒一兄ちゃんは落ち着いた姉ちゃんの手から手紙を取って、その続きを読んだ。

  日程は8月中旬(応相談)
  一世帯につき五名様まで
  を招待します。
   連絡先は……

「へえ……」
 姉ちゃんがテーブル脇におかれた封筒を拾い上げ、ひょいと裏を返した。
「ふーん、送り主は『旧端島島民会』と書いてある」
 僕たち孫三人は手紙の最後を読むことなく先走りの興奮が部屋を暑くさせた。そんな中でおばあちゃんはニコニコしながら横で若者が速いテンポでやり取りしているのをじっと見ていた。
 それに気付いた諒一兄ちゃんが僕たちの会話を止めるよう指揮して、一同におばあちゃんの方をむいた。

「みんな楽しそうに話しよるの」おばあちゃんは孫たちの視線に気付いて食べていたスイカを皿に戻した「ほいで、何か分かったんか?」
 おばあちゃんは僕たちがもっと小さかった頃、ここで三人がはしゃいでいるのを喜んで見ているような顔で僕たちの目を見ている。
「本来は上陸出来ないけど特別に行かせてくれるよ、端島に。おばあちゃん」
「へえ、そうかいな」おばあちゃんは細い目を丸くしてびっくりした「おじいさんもうちょい長生きしとったらよかったのにのう」
 おばあちゃんは笑いながら言った。それが冗談を使った愛情表現であることは皆がわかっていたので、おじいちゃんの遺骨と遺影の前で、大きな団地の小さなひと部屋から笑い声が漏れるほど声を出して笑った。

 突然聞いた祖父の故郷、軍艦島への上陸の誘い。僕はこれがおじいちゃんが僕たちに託した願いであると勝手に思い、早速現地に行くつもりになっていた――。

作品名:時代の端っこから 作家名:八馬八朔