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時代の端っこから

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 僕と姉ちゃんはその日の夜、仕事から返ってきた父さんに今日おばあちゃんの家であったことを話した。
「と、言うわけやねん」
「ほぉ、なんでわざわざあんな廃墟に?」
「でも、行って見たくない?お父さん!」
弟の情熱に姉ちゃんも相乗りしてきた。はっきり言わないけれど僕の目には自分も行きたいと隠した腹の底が見えている。ただ、乗り気な僕たちとは対照的に、父さんの表情はそのように見えない。

「そうか、だがしかしその頃にはワシはカタールに戻っているからいずれにせよ難しいな」
「言われてみれば……」
 姉ちゃんは乗り出した身体を引っ込めた、顔には見せないけど残念そうな様子がわかる。
「ワシゃ、別にかまへんけどな。ゆうても5人までやろ?ちゃんと人選せんと。婆さんトシやから誰か見たらんとあかんやろし」 
 父さんに初めて端島の話をして以来、何か見えない壁のようなものが見える。こちらが投げても全く打ち返さずにバッターボックスに立ったままのように。無関心と言うか、敬遠気味というか――。

「お父さんはあそこの生活が楽しくなかったん?」
しばし出来た間を姉ちゃんが破った。
「うーん。楽しいとか、つまらないでは――片付かないんやけど」
父さんは席を立って、後ろの冷蔵庫から缶ビールを持ってきた。
「仕事をする者には確かに便利やったろうけど、子供には窮屈なところやったな」缶ビールの栓を開けるプシュッという音がすると、父さんはグビグビと半分ほどを飲んだ「まずよ、学校以外の場所で野球なんかでけへん。屋上でキャッチボールするのが関の山やった」
 初めて話してくれた父の少年時代。その風景は図書館で調べていた時写真で見たことがある。
「それとな、ワシらの頃は石炭産業が廃れて行く頃やって、最後は島から追い出されるように出たんや――」
 父さんの言葉尻が少し寂しそうに聞こえた。本人が島に残りたいとか出たいとかではなく、意を介することなく出ることになった。敢えて聞かなかったけど当時の知り合いなどと離ればなれになったり、行った先で苦労があったのだろうというのが父さんの顔から見え隠れした。

「確かにおじいちゃんは島を出てから苦労したもんねえ」
「そうやな――」
 姉ちゃんと父さんの話の行間が見えた。炭坑マンだったおじいちゃんは僕にはいつも優しくしてくれたけど、それは現役を退いた後の話であって、島から町に出た現役世代の頃は仕事を探すのに大変だったのは想像に難くない。
「でさ、お父さんは何で石油会社に就職したの?」
 続いて姉ちゃんが質問を重ねた。それも何となく想像がつくが、父さんの意見を聞きたくなった。
「巴も賢太郎も察しがつくやろう」父さんはビールを一口含む「島が廃れて行くのを直で見ていたんだ。時代は石炭から石油に移っていくのを。だからワシは勉強して学校に行って、就職先として今のトコロを選択したんや――」
「へえ――」
 横で姉ちゃんが何か思うところがあったように頷いている。でも僕には引っ掛かるところがある。職業って色々ある。何もおじいちゃんの島での生活を変えざるを得なくさせ業種を選択しなくとも――。
「おじいちゃんは就職するにあたり何か?」
「笑ってたよ」姉ちゃんの質問に予想外の回答がきて僕たちは二人並んでビックリした顔を見せた「それも時代の流れじゃのう、って」
「ま、確かにそうやけど――」
「そもそも親父は年のわりに新しい考えを受け入れる人やった。だから、自分の仕事を継ぐのは薦めなかったな」
「それが、理由?」
 父さんは黙って頷いた。
 おじいちゃんが働き出した頃は最盛期だった頃。だけど時は流れて次第に規模は縮小され、やむ無く新たな職を求めて島を離れ大阪までやって来たのだ。父はそれを見ていたから軍艦島での生活を良く思ってなかったのだろうか。
「それが時代の流れってものなんだよ、賢太郎」
姉ちゃんが僕の肩をポンと叩いた。
「まあ、行って見るといい。滅多にないチャンスやぞ。あそこは時間が止まっている、今やから何かが見えることもあろう」
 そう言って父さんは残りのビールを飲み干しすと、風呂に入る用意を始めた。
 現在はアラブ諸国に赴任してる父はあちらでは飲酒をしない。アラブでは宗教上飲酒をしないし、仕事をする上で理解すべきことが色々とある。私的な空間でその決まりは外国人に強制するものではないが、現地の人に合わせるというポリシーを持っている父さんに感心するところはある。
「それより賢太郎。お前ちゃんと勉強してるか?」
 感心も束の間、話題の矢は急に自分に向けて放たれた。
「お父さんも目的をもって進学して就職したってことを言いたいんやで」
「わかってるって!」
 姉ちゃんに合いの手を入れられる事が癇にさわる。だけど反論の余地はない。来年受験を控えている割には具体的なビジョンをもって勉強していない。父さんも暗に自分は目的をもって勉強して就職したと言っている。さらに僕と同じ時期にエネルギー工学の勉強をしたいと言った姉ちゃんもしかりで僕とは大違いだ。この話題ではここにいづらいので黙って愛想笑いをして場が過ぎるのを待っていた――。

作品名:時代の端っこから 作家名:八馬八朔