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時代の端っこから

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 島にいられる時間と場所は限られている。その時間は思った以上に早く過ぎていった。
 僕たちは船にもどり桟橋に繋がれたロープが離れると、船は島を一周したあと長崎港に向けて進みだした。滞在時間はほんの一〜二時間ほどだったけど、この島が止まっていた時間の長さ埋めることはできないけれど、それを理解するには十分なものだった。

 その佇まいはまさに島というよりも「船」だ。今はここにいないけれど、亡くなったおじいちゃん。それとお父さん。かつてここに住んでいた人たちがこの島を離れることになった時に見た風景と大きく変わらないだろうか。

「あたし、帰ったら勉強しよう――」
離れ行く島を見ながら僕の横に立つ姉ちゃんがボロっとこぼした。
「相変わらず熱心やね、トモちゃんは」
その横で同じ方を見ていた諒一兄ちゃんが返事をした。
「エネルギーの発展の歴史の途中にここがあったのよ。これはこれで遺しておくべきなのよ」
 姉が勉強熱心なのは毎日見ているから分かる。そこはいつも感心させられると、思わず自分の本心が口からこぼれた。 
「僕も……勉強しよう」

「へえ、賢太郎の口からそんな言葉出ると思わんかった」
一瞬の間が生まれ、姉ちゃんが島から目線を逸らして笑いだした。
「で、何の勉強を」
諒一兄ちゃんも僕のフォローに入ってくれる。
「近現代史。僕たちは時代時代で生きてるんだ。」
 今日の経験、それぞれの時代をそれぞれ観点で見て、生きてきた人たちの言葉や話。僕は時代の中で変わっていくものを、変わらずに次の時代にリレーするために今この時に留めておこうと思い、敢えて声に出して言ってみた。
「いいね、賢太郎もとうとうやる気になったか」
 今の僕はなぜか姉ちゃんに茶化されても癪に触らなかった。
「おじいちゃんも来たかったやろね」
「そやね……」
「それと、父さんも」
「そうだね。今の状況を見たら叔父さんも違った考え方をするかもしれないね」
「ああ、そうじゃそうじゃ」
 三人並んで島を見ている後ろで椅子に腰掛けているおばあちゃんは僕たちのやり取りを聞いていたようで、最後にニコニコしながら頷いていた。

「あそこには「時代」がある」
 僕はそうつぶやきながら流れ行く時代の中で、いつまでもそこに横たわっている軍艦をじっと見続けていた。

   * * *

「それよりトモちゃん、本土に戻ったら何食べようか?」
「ホンマやね、諒一兄ちゃんは何が食べたいの?」
「僕は何でもいいけど、賢ちゃんはどう?」
「賢太郎?」
「あ、何?」
「何って聞いてなかったん?戻ったら何食べに行こうか、って」
「ちゃんぽんがいいな」
「どこのお店が美味しいのかな?」
「そんな時はネットで調べたらよろしいやん」
 そう言って諒一兄ちゃんはおもむろにタブレットを取り出して、早速帰港後の予定を模索しだした。

 船は長崎港に向かってどんどん端島を離れ行く――。海に一つだけ浮かぶ動かぬ軍艦、それは紛れもなく島だった。そして、そこは20世紀で時間が止まっていた。僕はこの島をルーツに持つ者だからこそ、これからの時代にリレーしなければならない。そう思って島が見えなくなるまでずっと目に焼き付けた。


   時代の端っこから おわり

作品名:時代の端っこから 作家名:八馬八朔