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時代の端っこから

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 船は島の周囲を旋回してから桟橋に接岸した。波はないけど船は少し揺れている。見た目は船のように見えていても、上陸したと同時に身体の揺れが止まるのが分かると、ここが船ではなく島であることを実感した。
「こんなに波がない日は珍しいんよ」
「普段は波があって接岸出来ひん時もけっこうあるんじゃ」
「台風の時は島そのものが波をかぶったりしてね」
 伯母さんだけでなく、ここに上陸せんとする元島民の人たちも一様に言っているのだから本当なんだろう。沈むということはないけれど、ここは時には過酷な状況に直面することがあったようだ、

「――すげえ」
「これが……軍艦島か」
「そちらは危ないですよ、ヘルメットを着用願います」
 僕が建物に近寄ろうとしたところで係の人に止められてしまった。
「およそ40年も放置されたままなんだ。手入れをしなかったら物はすぐに朽ちてしまうんだ」
 諒一兄ちゃんが僕にヘルメットをわたしながら教えてくれた。長年雨風に晒されて放置された建造物はとても危険なものであることを。
「ほら、ウチらの行ってた中学校も創立40年やんか」
「建物は生き物みたいに代謝しないから、ちゃんとメンテナンスしないと朽ちて行くんだ」
「へぇ……」
 僕は時間が止まったままの建物を見つめたまま動けなかった。すると、これまでの話と調べてきた自分の見聞がリンクして40年前のこの島の風景がシンクロしているように見えた。

 かつてここは島の生活のメインストリートだったところだ。通りには店が並び、その界隈を子どもや買い物をする主婦、そして炭坑から上がってきた坑夫たちが家路に向かって通る姿が浮かび上がった。
 そして、その表情はどれも自然で、ここが特別な場所ではなく、同時期の日本よりは建物の密度は確かに高いけど、それは日常にある日本の風景の一つであった。

「賢太郎や」
 僕の横でちょこんと立っていたお婆ちゃんが僕を呼ぶと、目の前の風景は現実の廃墟に戻り、返事をしてお婆ちゃんの顔を見た。
「この通りば毎日賑やかじゃった。家はこの上にあってな、楽しかったのう」
通りの突き当りにある大階段を指差してうんうんと頷いていた。階段の先にはまさに大きな客船の船室のようにびっしりと団地の窓跡が並んでいる。
「ここの生活がああだこうだ言う者がおるが、わしゃ楽しかったと思うでな――」
 僕はおばあちゃんに顔の奥を見られたような気になった。なんとなくだけどここにいた者なら分かる気持ちが言葉の中に見えた。僕は声に出して返事をすることはできなかったけど、おばあちゃんは僕の表情をじっと見ているだけで何を思っているのかが分かるようで、目尻にシワを寄せてゆっくりと二回頷いた。そして目線をかつての日常があった方に移るのを見て、僕もつられて同じ方を向くと、かつての賑わいがあった日常と、その中にいる人が笑っているのがはっきりと見えた。

「ここに帰ってこれて良かったね」
 僕はおばあちゃんに問いかけると、また二回、今度はもっとゆっくりと、そして深く頷いた。その長さは実際の時間より長く、長く感じた――。
「賢ちゃん、連れてきて貰ってありがとうな」
 僕はおばあちゃんに右手を握られ、二人目線は前を向き、何も手を加えなければ崩れてしまう目の前の廃墟に見えるものを見ようとした。そして、時間が許す限りずっと見ていたいと思った。

作品名:時代の端っこから 作家名:八馬八朔