時代の端っこから
七
僕たちは博多で乗り替え、特急で長崎に向かった。伯母さんもおばあちゃんも、40年ぶりくらいに尋ねた故郷。島を離れ、ここから新しい生活をスタートさせた地点がここだ。
おばあちゃんも体調よろしく、暑いのに元気よく歩いている。天気は良くても海は宵には時化になるとのことで、出発時間は少し早められることとなり、僕たちは足早に端島行きの港を目指し、たくさんの元島民とその家族が集まる中その船に乗り込んだ。
* * *
「姉ちゃんはここ(長崎)に来たことあるの?」
僕に取っては初めての九州地方であるが、今まで一緒にいる姉もそうだと思っていた。念押しのつもりで聞いてみたけど、違う答えが返ってきた。
「いーえ、あたしは高校の修学旅行で来たわよ」得意気に笑う姉ちゃんの顔を見て僕はちょっとムカついた「賢太郎は忘れたん?そん時長崎のキーホルダーお土産に買ってやったやんか」
姉ちゃんはそう言いながら僕のカバンに付いているキーホルダーをツンツンした。言われてみれば稲佐山と書いてある。
「日本三大夜景の一つなんやで。あげたんやから覚えとってよ」
「あっちの方がその稲佐山じゃ」
言われるままに目をやると、市街地の向こうにこちらを見下ろすように稲佐山の稜線が見える。
「本土に戻ったら、美味しいものでも食べて、夜は夜景を見に行こうか?」
「いいねえ、行ってもいいでしょ?伯母さん」
諒一兄ちゃんの提案に姉ちゃんがのっかかると僕も相乗りをした。
「ああ、行っといで。私はおばあちゃんとお風呂でも行ってくるから」
天候よろしく、船は凪の有明海をスイスイと南へ進ませた。
一旦会話が途切れ、周りの声が耳に入ってきた。この船に乗っているのは基本的に元島民の方々だ。概して楽しかった思い出話が聞こえてくる。
船中で流される端島での生活を取り上げたビデオ。おばあちゃんは視線をひとつも動かさずにじっと画面を見ている。横にいる伯母さんも、おばあちゃんの肩を支えてかつてそこにあったなつかしい日常をいとおしむように見つめていた。
この船に乗っている人はみんな目的地である端島の元島民もしくはその家族だ。乗客の何人かはおばあちゃんと伯母さんを知っている人もいて、30年を越える再会に抱き合って喜んでいる風景が船のあちこちで見られた。島を離れなければならなくなった人たち、それらが再び集まって思い出話で長い隙間を埋めようとしている。その表情はどれもみんな明るかった。
僕たちを乗せた船はスクリューを回す音を立てながら静かに進みだした。天気は申し分なし、雲と海の間に何一つない。目的地が見えてくるのは時間の問題だ。
* * *
「あ……、あれ」
船の外で諒一兄ちゃんと姉ちゃんが真っ直ぐ遠くに指を差した。
僕はおばあちゃんの手を取って揺れが少ないのを確かめてから甲板に出た。
「おお、あれじゃ……」
水平線の見える海の真ん中に一つだけぽっかり浮かぶ、この距離からみればそれはまさに軍艦――。そうだ、あれこそがおじいちゃんの故郷、端島だ。
遠くから見えるその姿はまさに島ではなく、船だ。それは先頭が平坦で中央から後ろにかけて戦艦のように建物がところ狭しと立ち並んでいる――。
「あれから30年以上経ったんじゃのう――」
「そうやねえ」
お婆ちゃんと伯母さんは眼前に悠然と浮かんでいるように見える故郷を並んで見ている。二人は島を出ることになった時のことを思い出しているのだろうか、その背中を観察するだけで何も質問をする必要がないように見えた。