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時代の端っこから

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「だけど、それはおじいさんの頃よりももっと前の話じゃ」 
 おばあちゃんの一言で明るい雰囲気がガラッと変わるのを感じた。
 伯母さんがおばあちゃんの肩をさすって気分を落ち着かせている仕草を見て、僕と姉ちゃんは諒一兄ちゃんの方を見つめ、耳を傾けた。これから言うことは、意思とは関係なく知らねばならないことと直感したからだ。諒一兄ちゃんは周囲を一度見回して、確認をしてからみんなの目を見て頷いた。

「戦時中、日本は本土だけでなく統治下にあった地域の人が連れてこられたそうだ。その人たちはそこで奴隷のような待遇を受けたと言うんだ」
 僕は冒頭の言葉を聞いて、諒一兄ちゃんが続ける説明を、自分の頭で整理しながら聞き続けた。

 戦争をしていた頃は現在の本土以外にも日本の統治下にあった地域や国があった。生産のために人手が足りずに、本土以外の出身者を募った時期は確かにあったそうだ。その辺りは今回とは別の勉強で知っていることだ。
「でもね」
暗くなり掛けたムードを払うように諒一兄ちゃんが続ける
「『連れてこられた』は語弊がある。戦時中は出身地関係なしにそれどころではなかったんだ。そもそも、同じ日本国民とみなされていたわけだからね。そして、炭坑の仕事は基本的に超重労働だったみたい。だから奴隷のように『働かされる』訳ではなく、内地出身の人間も同じように過酷な労働条件だった。でそのかわりここでの仕事は本土よりも高給待遇だったんだよ」
「それにね、」諒一兄ちゃんの言葉を取って姉ちゃんが続けた「私調べたんやけど、炭坑は奴隷だけでは仕事はできないのよ。最前線で知らない(奴隷)だけで作業をすると落盤するのよ。だから最前線には必ずノウハウがある監督みたいな人がいるねん」

 姉ちゃんの話を聞いて横でおばあちゃんが頷いている。
「そうじゃそうじゃ、おじいさんが昔よう言っとった」

 それから美津子伯母さんの話では、待遇の良さは戦後も同じで、島では昭和の中ごろ『三種の神器』といわれた洗濯機、テレビ、冷蔵庫は早くからあって、テレビで見る本土のお茶の間がえらく古く見えたほどだと。それくらい待遇は良かったということだ。
 
 目の前にいる生き字引はそこを懐かしいというが、でも――。

「なんで同じ場所なのに、真逆の見方をする人がいるの?」
「そこなんだ」姉ちゃんの質問に諒一兄ちゃんが答える「戦後その見方は都合のいいように塗り替えられたんだ……」
「過酷なのは分かるけど『奴隷』は言い過ぎなんじゃ……」
「やられた側はこちらから何を言っても聞いてくれないよ。でも、こちら側は事実をしっかり伝えるべきでは、ある」

「分かった!賢太郎」
「何が?」
突然思い出したように大きな声を出した姉ちゃんにみんながビックリした。
「父さんは、島を出てからその事を茶化されたんとちゃう?」
「ああ、そうやったかねえ」
 そこで美津子伯母さんが頷いた。伯母さんが思い出した話では島を出て間もない頃父さんはクラスの者に、端島を「奴隷島」と言われて大喧嘩になったことがあったそうだ。その頃から温厚な弟が感情的になるのが強く印象に残っているようだ。

「それで、あの島での生活を良く思っていないのかも……」
 僕が頷くと、姉ちゃんも諒一兄ちゃんも同じように感じ取ったようだ。だけど、お婆ちゃんはお茶をすすりながらうんうんと頷いている。
「今の子には今の子の見方があるでのう」
「それと、弟が良く思ってないのは『あそこの生活』と違って、その後の風潮よ」
「だから、賢ちゃんは自分の目で見て自分で思ったらエエんじゃ」
 伯母さんの補足とお婆ちゃんの言葉で僕は少し間違った見方をしていることに気付かされた。僕はこれまでに聞いたいろんな人の見方を抜きにして今から向かうところがどういうところなのかを、自分の感情に従って感じてみようと思った。

 これまでの話をまとめると、島の生活は便利さを追求した結果を具現化したもので、確かに便利であったことには変わらないと思う。でも、現在はこの島の根幹である石炭産業そのものが時代にマッチしていない。生活が便利でも仕事がなければ便利な生活は成り立たない。
「だからお父さんは子供の頃にある種の限界を見たのかもね」
横にいる姉ちゃんが僕に代わるように口に出した。
「トモちゃんだって専攻はエネルギー工学でしょ?石油エネルギーは20世紀には確立してるやんか」
それを聞いて諒一兄ちゃんが受けた。
「ある意味ウチも血筋なんやね?」
「何が?」
「あたしが工学部に進学したのも、お父さんが単身でアラブに飛び回っているからで、新しいエネルギー源を開発すればその必要もなくなるってことでしょ?」
「叔父さんだって、おじいちゃんを楽させたかったんやで」
「そうじゃそうじゃ」
おばあちゃんが大きく頷いて、ニコニコとした。
「時代はそれだけ流れ続けてるってこっちゃね」
「ああ、ホンマホンマ……」

 僕たちはその流れている時代の中で、止まった一頁を見に行く。動いているから見落としやすい、止まってみるから見えてくる――。僕たちは目的地に向けて進みつつあるが、目的地にである船の形をしているそこは動かずに僕たちを待っていた。

作品名:時代の端っこから 作家名:八馬八朔