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時代の端っこから

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 次の週命日に僕たちはおばあちゃんの家に集まって、軍艦島に行く人の人選をした。厳正な会議の結果、おばあちゃんと美津子伯母さん、そして孫3人で長崎まで行くことになった。
 僕たち一行は新大阪から新幹線に乗り、一路博多を目指す。僕に取っては初めての九州地方、そしてその先にあるおじいちゃんの故郷。僕は予期せぬところで与えてくれた天国からのおじいちゃんのプレゼントに、おばあちゃんが持ってきた小さな遺影に挨拶とお礼を言った。
 おばあちゃんと伯母さんにとっては40年ぶりの里帰り、暑いことも忘れて誰かが口を開けば誰かが答え、時おり冗談が挟んで入っては笑い声がこぼれた。

「豊彦もくれば良かったのにね」
「ホンマやのう」
「うん、でも父さんはカタールに帰っちゃったししゃあないよ」
「まあ、現役世代の宿命やわね」

 伯母さんもおばあちゃんも関西の生活が長いので、会話のテンポが関西のノリだ。僕自身はあまり経験はないけれど、大学生の姉ちゃんの話では地方出身の友達は全体的に話のテンポが自分達より若干遅いという。
「『島の生活』って聞いたらものすごくノンビリしたイメージあるけど」
「その島の生活ってどんなものやったの?」
 僕と姉ちゃんの口からそんな言葉が出た。会話だけではノンビリのかけらも見られない。
「そりゃあ、便利やったよ。動くことなく生活が出来たからね」
「島を出て初めて自動車を見たりとかね――」
「本土の方が田舎に見えたくらいよ」
 伯母さんの言葉には重みがあって、納得ができる。昭和の中頃といえば日本が戦後復興して勢い付き始めた頃だ。まだまだ発展途上だから日本のほとんどが田舎だったと思うけど、どうやら今から向かうところはそうでもないようだ。
「確かにお母さんの言うとおりかもよ」
 諒一兄ちゃんが割って入ると一同が注目した。
「だってよ、当時は世界一の人口密度やったんやで。東京をもゆうに凌ぐほどに」
「へえ、ホンマなん?」
「当時は障子と襖と木と紙の家がまだまだあったのに、端島の家は――」
「ほぼ鉄筋の団地しかなかったんよ」
 諒一兄ちゃんの言葉を伯母さんが続けた。さらにその頃で既に古くなったエレベーターがあったというから、当時の人間にしてみたら島は未来都市みたいに見えたのだろうか。
 
 そんな中僕は、お父さんのことが頭に浮かんだ。そうなると横にいる美津子伯母さんに質問したくなった。
「美津子伯母さん」
「なんだい」
「軍艦島の生活って物凄く興味あるけど、お父さんは端島の生活はそれほど楽しくなかったって言ってた」
「そうかのう、あの子は島で文句言ったりせんかったがのう」
 横で聞いていた婆ちゃんが言うと伯母さんも頷いた。

「たぶん、豊彦が言うのは端島の生活じゃなくて、端島を出たあとのことなんだよ」
「ああ、言われてみたらそうじゃそうじゃ……」
 伯母さんの言葉に深く頷くお婆ちゃん。間をおいてから伯母さんがその意味を説明してくれた。
「大阪に出た当初はおじいさんも苦労したからのう――」
 しみじみと続けるおばあちゃんの声の中に深いものが見えると、孫三人は並んで頷いた。これまでの話の流れでおおよそがわかった伯母さんがお婆ちゃんに変わって僕たちに話の続きをしてくれた。

 父さんたちは端島を出たあと大阪に移り住んだ。だけど、炭坑でしか働いたことがないお爺ちゃんは職を見つけるのに苦労をして、お婆ちゃんが内職をするわ、父さんは島からやって来た人としていわれのない仕打ちを受けた。

「仕事に慣れないのはわかるとしても」
「何で『いわれのない仕打ち』を受けるのさ?」
「それには、由来する話があるねん」
 諒一兄ちゃんが変わりに口を開けた。大学院生だけに研究熱心で、ここへ来ることを存分に享有するために事前にしっかりと調べているのは普段の様子で分かる。
「あるって、何が?」
「おばあちゃんの言う通り、端島の生活は利便性を追求した究極の形かもしれないね。本土の生活の方がかえってテンポが遅く見える場面はあると僕は思う」
 諒一兄ちゃんの声のトーンが少し小さくなった。
「だけど、閉鎖的だから叔父さんの言うように窮屈といえば窮屈だろうし、それより昔は意思とは反して連れてこられた人もいたようなんだ」

作品名:時代の端っこから 作家名:八馬八朔