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短編集55(過去作品)

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 典子も仕事が楽しくなってきたが、自分の仕事について考えたこともあった。高校時代に美術をしていたこともあって、自分でコツコツ何かを作ることが好きな典子だったので、仕事でも一つのことを任されることに誇りを持つに違いなかった。だが、まだ新入社員で、しかも仕事について詳しいことを知らないので、まだまだこれからだと思っていた。
――知らず知らずに私も他人事に思っているのかも知れない――
 まだまだこれから覚えることは一杯ある。彼だってそうだ。男は特に自分の仕事だと思わないと他人事に思うものなのかも知れない。それとも彼がよく言えば素直な性格なのかも知れない。
 社会人としてはどうだろう? 気持ちが露骨に表に出るのはあまりいい傾向とは言えないかも知れない。しかし、典子にはどこか惹かれるものがあった。それを感じたのは、彼から映画の誘いを受けた時だった。
「映画の券が二枚あるんですけど、今度ご一緒しませんか?」
 まるでテレビドラマのような設定に、一瞬戸惑ったが、そういえば、この感覚を最近感じたことがあるように思えた。
――夢で見たのかしら――
 誰かから誘われる夢を見たのは事実だったが、それがいつのことだったかハッキリとは思い出せない。映画に誘われて、そのまま食事をして、夜の公園を散歩して……。まさに絵に描いたようなデートコースだった。
 絵に描いたようなデートコースに憧れているのは事実だった。大学時代にも憧れていたデートはあったが、ドラマのようなデートは物足りなく感じていた。ウソ臭さが感じられたからである。
 青木は大学生と言ってもいいくらいに精悍な雰囲気があった。少し幼く見えたのは、同い年の男性が頼りなく感じられたからだ。女性の成長の方が早いという成長期の意識がそのまま焼きついているのと、仕事に対しても、従順に受け止められるのは女性だという意識があったからに違いない。
 それでも最初のデートでは彼は饒舌だった。もし彼が物静かだったら、お互いの関係はまったく違ったものになっていただろう。饒舌ではありながら、決して話がうまいわけではない。何とか話を持たせようという努力がありありと見えて、健気にさえ感じられた。そんな男性に女性は弱いもので、典子も例外ではなかった。元々典子は相手が話す相手であれば聞き役になって、相手が話さなければ、自分が話し役になる。話題性がないわけではないので、話をもたせることにはそれなりに自信があった。お互いの関係がまったく違ったものになったかも知れないという思いは、そんなところから来ていた。
 彼の健気さだけが目立った最初のデートだったが、それだけにあまり典子は自分から話すこともなく、相手がどう感じているか分からなかった。だが、雰囲気としては、お互いまんざらでもなかったように思えていた。その気持ちに間違いはなかったのだ。
 そんなアオキと結婚しようと考えたのは衝動的だった。青木から、
「結婚しないか?」
 と、プロポーズにしてはあまりにも味気ないものであったが、そのストレートな言い方に彼の実直な性格を感じたことで決意したようなものだった。
 不安がなかったわけではない。相手に対する不安、そして結婚というものに対しての不安。それを見越してか、青木からは、
「専業主婦でも構わないぞ」
 と言われた。
 給料から考えれば専業主婦だと少し厳しいものもあったが、少し落ち着いてパートでも始めればいいという考え方もある。きっと青木にはそれくらいの考えがあったに違いない。
――彼が望むなら――
 と考えて、典子は専業主婦に徹することにした。
 典子の人生の中で一番従順な時期があったとすれば、結婚当初だったかも知れない。従順であったが、素直であったかどうかは疑問が残る。絶えず何かに不安を感じ、怯えたような気持ちになっていたのは、
――好事魔多し――
 のことわざを頭に描いていたからだろう。いつも余計なことを考えてしまう典子の悪いくせでもあった。
 専業主婦は典子にとって退屈なものだった。青木が帰ってくると、それなりに明るい家庭になるのだが、一人でいるとどうしても余計なことを考えてしまう。テレビを見ていても上の空、特に昼間の番組はあまり典子が興味の持てるようなものではなく、退屈なものだった。
「私、そろそろパートに出ようかしら」
 と話したのは、結婚半年経ってからのことだった。半年と言っても典子にとってはかなり長く感じられる期間であった。本当は喉から手が出るほど言いたいセリフであったのだが、とりあえず半年経つのを待っていたというのが本音である。
「いいんじゃないか」
 相変わらず冷めた言い方であったが、その言い方も想像の範囲内だった。典子は近くのスーパーのレジに入ることになった。
 元々は近所の奥さんから誘われていたのもあった。
「奥さん、パート始めるなら、口を紹介いたしますわ」
 と言ってくれていた。彼女もそこでパートをしているからだ。
――どうせなら知り合いのいるところの方が、最初は気が楽だわ――
 という気持ちがあったからだ。
 さっそく面接を受けて働くことにした。
 ずっと立ち仕事で慣れるまでが辛かったが、まわりの人はいい人ばかり、気さくで気を遣うこともなく、休憩時間などは誰からともなく話が始まると、花が咲いたように賑やかであった。
 内容は他愛のないものばかりだが、却ってその方が新鮮である。仕事の話というよりも家庭での愚痴も飛び出すことがあった。もしこれが普通の会社であれば、耳障りだったに違いないが、他人事だと割り切って聞ける自分が不思議なくらいだ。パートという立場が他人事という気持ちにさせるのかも知れない。
 まったく責任がないわけではないが、何かあれば社員が責任を取ることになる。一度社員経験がある典子にとって、人に責任を擦り付けるようなマネはもちろんしたくない。いくら責任がないとは言え、納得のできないことや悔いが残ることはしたくない。責任感は自然に中から湧いて出てくる。
 それでも正社員でないことで気が楽なだけに気持ちは大きくなっている。一番責任感を持ってもストレスのたまらないポジションである。しばらく典子は自分の立場を楽しんでいた。
 レジ主任は男性で、彼は独身だった。年齢的にも典子よりも少し下で、少し頼りないところがあったが、健気な態度は好感が持てた。しかし、頼りなく見えることで、他のパートさんからはあまりよく思われていないようだ。
「吉住主任は頼りないわね。この間もお客さんから言い篭められていてたじたじだったわ。私が店長を呼んでこなかったら、どうなっていたかしらね」
 レジ係の中でも古株の人から言われていた。
――古株になったら、あれくらいの考えがないといけないのかしら――
 そのふてぶてしさに将来の自分を照らし合わせて考えたが、どうにも自分とは照らし合わせられない。ふてぶてしさを感じることが自分にはできないのだ。
 むしろ吉住主任に同情的になっていた。一人でパートをキリモリしているが、仕事だから仕方がないとはいえ、きっと人を使うのが苦手な人なんだろう。
 どこか気になる存在だった。
 母性本能をくすぐる存在であるのは間違いない。
作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次