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短編集55(過去作品)

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 だが、他の人の話を聞く限りでは、性格は温和で、誰にでも好かれるタイプ。決して他人の旦那さんをたぶらかすような女性ではないということである。
 となると、磯部が惚れた公算が強い。
 元々気が弱くて、妻に逆らうことができず、一人悶々としていたに違いない。会話がないのも当然で、なるべく避けるようにしていたのだろう。
 会社にいる時間が一番の幸せではなかったか。何も考えることなく仕事に打ち込めるからだ。磯辺という男性の性格からして、一人でコツコツこなすタイプで、あまりまわりの干渉を受けるタイプではなかった。
 他人ならば、干渉することはないだろう。だが、妻である恭子には夫として許せないところがあったのだろう。
 いつも思いつめていて、下ばかりを見ている男性に、もし少しでも暖かい声を掛ける女性がいたとすれば、男としては、委ねたくなったとしても不自然ではない。
 二種類が考えられる。
 最初から依存してしまうタイプと、孤独だと思っていた自分に声を掛けてくれるということは、自分に、気付いていないが魅力があるからに違いないと思うタイプ。後者であれば、少しは前向きな考えであるが、危険性も孕んでいる。前者とは違う危険性ではないだろうか。
 前者であれば、夢のような自分に酔ってしまっているだけなので、いずれ覚めることもある。しかし、自分の魅力だと思い込んでしまうと、忘れていた何かを思い出させてくれる女性の出現は、自分の居場所を確保することができる。相手を過剰に美化してしまうことにもなり、急速にエスカレートしていくかも知れない。
 どうやら磯辺の場合は後者のようだった。
 離婚の二文字が頭を掠めた時、開き直りの気持ちが強いのは女性であろう。その時の心境として、磯部も開き直りがあったことは。後になって磯部本人から聞かされた。
 考えてみれば離婚というのはお互い様である。瑞枝も夫と離婚する時に、開き直りから少しわがままな考えに至ったが、離婚してしまうと、すべてが過去のこと。恨み言も妬みも、そんなものはどうでもよくなった。きっと夫も同じだったに違いない。
 離婚して会うことはなかったが、
――お互いにこれでよかったんだ――
 と思うと、後悔もない。後は前を向いて暮らしていくだけだった。
 恭子も考えてみれば、それほど悪い女性ではない。
 少し思い入れが激しいために、自分を中心に置いて、自分に責任を課してしまうところがある。誰からも押し付けられたわけではないが、自分に厳しいことだけは、誰もが認めているだろう。
 事実、磯部が彼女との結婚を考えた時に、
「恭子は、間違ったことはしないからね」
 彼女の実力を素直に認め、一緒に暮らしていくことを望んでいた。それが、いつしか自分の重荷になってしまい、自分を見失わせることになろうとは思いもしなかったはずだ。
 離婚してからの恭子はしたたかだった。
 こう書いてしまえば、かなりひどい女性のように思えるが、女性が一人で生きていくうえで、お手本にできるような人である。アクティブで、前向きなところは離婚してさらに大きくなっていった。保険のセールスレディには、一番似合っている女性なのかも知れない。
 男性客だけでなく、女性の客にも人気があった。見た目あまり派手ではないのに、いつも輪の中心にいる恭子を見て、憧れを感じている女性が多いのは事実であった。
 結構人の相談ごとにも真剣に聞いてあげ、的確なアドバイスをしているようだ。女性であれば、話を聞いてあげるだけでも十分だと思うが、さらに助言もあるのだから、男性から人気があるのは、そのあたりに原因があるに違いない。
 そんな彼女に久しぶりに会ったのは、駅前の喫茶店だった。
 離婚して間もない頃だったので、職も決まっていなかった。何をしていいのか検討中で、さすがに一人になってしまうと不安感が先にきてしまう。
 雨の日の駅前喫茶店、クラシックのメロディが、店内を優雅に奏でている。考え事をしながら表を見ていると、時間がなかなか経ってくれなかった。
 夫のことを思い出すわけでもなく、独身時代を思い出すわけでもない。かといって、将来のことを考えるには、まだ孤独感が許してくれない。
 雨というジメジメした感覚を本当に味わったことがなかったことを、今さらながらに思い知らされる。湿気に包まれた身体にへばりつくような重たい空気、重圧感に押し潰されそうに感じると、呼吸困難にさえ陥る。
 身体から反発する気持ちが萎えるほどの呼吸困難は、憔悴を煽っている。何かを考える余裕などあったものではない。
 一人でいることの寂しさが身に沁みてくる。自分が選んだ道で、一人になって考えることを望んだはずなのに、喫茶店に一人でいる光景を、離婚前に何度思い浮かべたことか。
 誰かに見られている感覚に陥る。その目は自分しか見ていない。他に誰かがいたとしても、関係のないことだった。見られていると感じると、萎縮してしまう。
 だが、その目は自分の目だった。今、他の人の視線を浴びたとしても、ここまで意識することはない。
「これがあなたの望んでいた一人になって考えたいと思っていたことなの?」
 と、語りかけてくる。
「違うわ。こんなんじゃなかったはずだわ。もっと余裕を持って考えられたはず」
 と、今度は自分に言い聞かせる。視線を浴びせる自分にも伝わっているはずである。それだけに、まるで言い訳しかできない自分に情けなさを感じるのだ。
 きっと、鬱状態も長くは続かないだろう。今まで二十年以上も生きてきて、一度も鬱状態になんて陥ったことはない。持ち前の気丈さで、乗り切れるはずである。
「あら、陣内さんじゃないの? 久しぶりね」
 恭子は、敢えて旧姓を口にしたように思えた。離婚したのが分かっているのだろうか。
 離婚してからまだ一ヶ月も経っていなかったので、誰にも離婚したことを話していなかった。いずれは話さなければならないと思っていたが、元々几帳面な性格ではないため、一度タイミングを逃せば、なかなか踏み切れない。億劫になってしまうのだ。
「ええ、恭子さんも相変わらずね」
 派手な恰好しか見たことがなく、その日も期待にそぐわない派手な化粧だった。
 しかし、出で立ちはビジネススーツにタイトスカートと、普通のOLと変わりはない。「ここ、よろしいかしら?」
「ええ、どうぞ」
 一言断って、正面に鎮座したが、言葉の端々に、学生時代を思わせる雰囲気があった。――主導権は私が握っているのよ――
 と、言わんばかりの勢いである。
 静かな勢いは、相手を圧倒させるが、絶えず笑顔を保っているのは、営業スマイルなのかも知れないが、相手に苦痛感を与えないためだろう。
 恭子が離婚したことは分かっていた。磯部から相談を受けていた中で、完全にもうダメなのは分かっていた。結婚してから専業主婦を続けていたはずなので、ビジネススーツにタイトスカートという出で立ちを見た時に、
――やはり――
 と直感した。
 恭子は、まず自分の話から始めた。元々彼女は自分のことを先に曝け出すことで安心させ、相手の話を引き出すタイプだった。強かといえば強かだが、その中には、彼女なりの優しさも含まれている。
作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次