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隆子の三姉妹(後編)

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 信二は話をする時には、話題性に事欠かなかったが、急に会話を切って、一切話すこともなく、相手が話を挟むことのできない雰囲気を醸し出すのが、信二という男性の特徴だった。
 ゆかり先輩と信二がどれほどの仲だったのか、想像するのは難しいだろう。だが、一緒に死のうとまで思い、そして、相手だけが死んで自分だけが生き残った。自分のことは覚えているが、彼のことはあまり記憶にないようだ。
「頭に後遺症が残っての記憶の欠落ではなく、精神的なものなので、思い出す可能性は結構あると思いますよ」
 脳外科の先生の話だったが、要するに外傷の面では問題ないので、後はメンタル面だということを言いたいのだろう。隆子を安心させるつもりでの言葉ではあったが、精神的なことの方が問題としては大きいのではないかと思う隆子には、複雑な思いだった。
 身体に問題がないということは大切なことだ。前提としての第一段階が問題なかったとということだからである。
 だが、精神的なものは、漠然としているだけに、本当に元に戻るのか、いや、戻ったということを、誰が証明できるというのだろうか、それを考えると、隆子の頭は重たくなるのだった。
 先輩と離れてから、それぞれの新しい人生を歩んでいると思っていたのに、先に進むことができず、苦しんでいた先輩のなれの果てがこの状態だと思うと、一気に襲ってきそうになる鬱状態を抑えることができるか、隆子には自身がなかった。
 ゆかり先輩は、隆子の心配をよそに、次第に元に戻っているかのようだった、先輩の記憶の欠落は、やはりトラウマから来るもので、時間が解決してくれるものだった。
 ゆかり先輩も自分の記憶が欠落していた時期があったなどという意識はない、本当に一部の人間だけが、ゆかり先輩の記憶が欠落していた時期が、ほんの少しあった程度だということを知っているだけだった、
 ゆかり先輩の体調も精神的にもほとんどよくなって、隆子もほとんど先輩のことを気にしなくなっていた。
 先輩は、数日後に退院して、家に帰った。
 いや、帰ったことになっていた。実際には帰っておらず、先輩が家に帰っていないことを、しばらく誰にも分からないでいた、病院も退院してしまえば、ちゃんと家に帰ったものだと思っていた。本当にしっかりしていないと、退院させるわけもないからである。
 隆子も、もちろんちゃんと先輩が家に帰ったと思っていた。ただ、若干の不安があったのも事実だった。不安は気のせいだと思い、隆子は自分の考えている嫌な予感を、打ち消そうと必死になっていた。そうしないと、自分まで落ち込んでしまって鬱状態に陥りそうになるからだ。
 鬱状態というのは、由美を見ているととく分かった。隆子は自分が躁鬱症になったのは、由美の影響だと思っていたからだ、
 ただ、それは由美が悪いわけではない。由美を見ていると鬱になりそうな自分が想像でき、鬱状態を避けることができなくなるからである。
 そんな時、由美が自分の反面教師の役割をしているのに気が付いた。
――由美に対して優位性があると思っていたけど、本当は反面教師としてのリスクを負った上での優位性なのかも知れない――
 誰かに対して何かの作用があれば、逆に反発もあって当然のことではないかと思うようになったのは、その頃からだった。
 鏡に写った自分の姿が、左右反対であるかのように、反面教師というのは、まったく同じものが左右対称になっているものだと思っていたが、微妙に違うもののようだ。それが相手の性格の特徴であり、由美の場合には鬱状態がそれに当たる。
 もちろん、最初から鏡に写ったものほどソックリだとは最初から思っていなかった。それを同じに感じるようになったのは、由美に対しての優位性が見せた幻だったのかも知れない。そう思うと、優位性は人を惑わせる「魔女」のような存在なのではないかと思うようになっていた。
 それは、姉妹に限ったことではなく、隆子にはゆかり先輩がその相手だと思っていた。二人の間に優位性が存在したのかと今さらながらに思い起してみたが、自分がゆかり先輩に感じていたものだということに気が付いた。そして、どうして先輩と別れることになったのかというのを思い出してみると、そこに自分の先輩に対しての優位性があったことに気がついたからだ。
 ゆかり先輩の方から別れを促したように思っていたが、自分が無意識に先輩に対し、別れを促すよう、無言のプレッシャーを与えていたのではないかと思うと、先輩が心中を図ったことも、優位性が紆余曲折を繰り返しながら影響していったのではないかと思うようになっていった。
――私がゆかり先輩にプレッシャーを与えたんだ――
 ゆかり先輩の心中も、そしてその相手になった信二も、隆子の中にあるゆかり先輩への優位性が影響していたのではないかと思うと、息苦しさに耐えられなくなりそうだ、何事も悪い方に考えてしまう性格の隆子には、自分の考えを抑えることができなくなってしまっていた。
 隆子は先輩がどこに行ったのか分からなかった、だが、自分の優位性に気が付いた時、先輩が、また自殺を試みることを確信した。
 だが、その時に思ったのは、
「先輩の自殺を止めないといけないのかしら?」
 ということだった。
 いや、それよりも、
「私に先輩がしようとしている自殺を止める権利があるのかしら?」
 ということだった。
 自殺しようとする人を放っておいていいわけはない。かといって、自分が止めて病院に入れたとしても、また同じことを繰り返すだけではないかと思えた。
「じゃあ、他の人に話して、止めてもらおうかしら?」
 とも思ったが、こんな話を人にして誰が信じてくれるものか。
「君の勘違いだよ。そのうちに戻ってくるさ」
 と言われるのがオチである。
 何よりも、
「どうして彼女が自殺すると思ったんだい?」
 と、聞かれても、答えようがなく、黙っているしかないのが現状だ。
 隆子はどうしていいのか分からなくなった。自分で止めることはできない。人に言っても、信じてもらえそうにもない。八方塞がりだ。いっそのこと、先輩が死にたいのなら、思い通りにさせてあげるべきなのではないか?
 それにしても、なぜそんなに死にたいのだろう? もちろん、先輩の中には何か死ななければいけない理由のようなものがあるに違いない。それを残念ながら隆子には分からない。それが少しでも分かっていれば、隆子もここまで苦しまずにいられるのにと思うと、自分の運命のようなものを恨まずにいられなかった。
 ゆかり先輩が死んだという話を聞かされたのは、それから一週間経ってからのことだった。場所は元々心中したところ、そして遺書には、
「信二さんと同じところに葬ってください」
 ということだった。
 一つ気になったのは、隆子に知らせないでほしいということを書いていないかと思ったことだったが、そのことに関しては何も書かれていなかったということだった。隆子に関してのことを記している個所はまったくなく、最初から隆子のころが眼中になかったのか、それともわざと何も書かなかったのか、永遠に謎になってしまったことで、隆子には新しいトラウマができた。それが、
「ゆかり先輩の隆子への優位性だった」
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次