隆子の三姉妹(後編)
――先輩も辛かったのよね。私が先輩の苦しさを包み込んであげないといけないんだわ――
そう思ったのも、先輩が自分のことを隠さずに話してくれるからだ。やはり、先輩が好きになる人には男女問わず、共通性がある。ということは、隆子と先輩が好きになった男性はどこか似ているということなのだろうか?
隆子は先輩の話を聞いてよかったと思ったが、その時はきっと、
「煩わしい話を聞かされた」
という顔をしていたかも知れない。
隆子は、そういうところが素直ではない。それは隆子自身短所だと思っている。そしてまわりの人もそう思っていることだろう。自他ともに短所だと思っていることは、本当に短所なのだから、治すべきところであろう。
隆子はそれをまるで自分の病気のように感じていた、必要以上に意識してしまうと、却ってよくないことを隆子はその時分かっていなかった。
「いつから分かるようになったんだい?」
と、聞かれても、
「ハッキリとはしないの」
としか答えられない。まさしくその通りに違いない。
そのあと先輩が好きだった人の彼女がどうなったのか、先輩の口からは聞くことはできなかった。亡くなる前に彼が告白できなかったことは分かっても、彼がそれからどうなったのか、きっと先輩は自分の口から話すことはできないと感じたのかも知れない。
それでも、隆子に話さないではいられなかったという気持ちには間違いないようだ。そう思うと、先輩がやはり自分が好きになった相手として間違いではなかったことを確信したのだった。
先輩のことを好きになった時の気持ちを隆子は思い出していた。
先輩から声を掛けられた時、最初はビックリした、しかし、いつの間にか先輩と一緒にいることが、自分の存在意義とまで思えるほどになった。先輩が好きになった相手の話を聞いた時もそうだったが、最初のインパクトは、
――強引な人――
だったはずなのに、次第に気を遣ってくれていることに気が付いてくると、
――強引さは、優しさの裏返し――
であるかのように感じさせられた。
ゆかり先輩に抱かれている時だけが、隆子にとって至福の刻ではなかった。ただ、ゆかり先輩がしてくれる話を聞いていたから、先輩の腕の中にいる時が一番の至福の刻になっていることに気が付いた。
ゆかり先輩が隆子と別れてから、どうやって信二と知り合ったのか分からない。隆子は信二と付き合ったわけではなかったが、ゆかり先輩と別れてから、気になる相手であったことに違いはなかった。
ただ、一つ隆子が信二に感じたことは、
――この人は、いつも何か重たいものを背負っているような気がする――
と感じていたことである。
「もし、その思いがなければ、付き合うことになったかい?」
と聞かれると、
「そんなことはないわ。付き合うかどうかの決定的な事情ではなかったもの。でも、一つの大きな理由になったことは確かだわ」
と答えたに違いない。
信二とは、何度か会って話をしたりしたが、いつも話は重たい雰囲気だった。おおよそ知り合って間もない男女が付き合っている雰囲気ではなかったことに違いはなかった。
話が深く入り込むことに、隆子は嫌な気はしなかったが、話が重たくなるというのは、自分が望んでいることではない、話が重たくなると、会話が重たくなり、会話を重ねるごとに次第に重くなりそうで、前にも進めず、後ろにも戻れない、そんな感じになってしまう。
信二のことは、ほとんど知らないと言ってもいい。家族のことを言いたくないのは、家族に何かあるからなのかも知れない。
ただ、そのことを一度、ゆかり先輩から聞かされたことがあった。
ゆかり先輩と信二は心中だった。ただ、その結果は、信二がその場で即死していて、ゆかり先輩は、即死とはいかず、病院に入院することになった。
しばらくは面会謝絶で生死の境をさまよったが、一週間ほどで、何とか話ができるくらいに回復した。それはまさしく蘇生と言えるほどだったということを、病院の先生から聞かされた。
ゆかり先輩と信二の心中については、家族はもちろんのことだが、知っている人は少なかった。隆子と、それ以外の親しい数人くらいのもので、ゆかり先輩のお見舞いも、隆子は一人で出かけた。隆子にとってはそれがよかったのだ。
「でも、まさかこんな形で隆子ちゃんと再会するなんて思わなかったわ」
と先輩に言われて、
「そうですね。その思いは私も先輩に負けないくらいに持っているわよ」
隆子は、自分のことをもう先輩の知っている自分ではないと思っている。それは自分が変わったということもあるが、先輩自身が変わってしまったことで、自分が知っている記憶が歪んでしまうほどになっているのではないかと思ったからである、
立場的にも、今では自分の方が強いのではないかと思えるほどで、それは先輩自身が悪いんだと思うようになっていた。目の前で寝たきりになっている先輩は、以前の面影は感じられず、
――ここまでやつれちゃうなんて――
と感じさせられた。
「どうして、私のことを知ったの?」
「先輩が私のことを、ここで話したと聞いてますよ」
「私が?」
「ええ」
「私が……」
明らかに戸惑いを隠せない様子の先輩だった。
少し考えてから、
「そうかも知れないわ。私にはそんなに頼りにしているほどの人はいないから」
今でも先輩は隆子のことを頼りにしているというのだろうか?
「私、記憶の半分が欠落しているのよ。私と一緒に死のうとしてくれた彼のこともほとんど知らないもの」
――一緒に死のうとしてくれた?
それを聞いた時、心中の首謀者は先輩の方だということが分かった、。
そして、先輩の記憶が欠落しているのは、ショックがそれほど大きかったのか、それとも死に切れなかったことで、死のうとしたことへのバチが当たったのか、どちらかではないかと隆子は感じていた。
「信二さんって、どんな人だったのかしら?」
と、隆子が聞くと、
「彼の親が心中していることだけは覚えているの。だって彼が言っていたんですもの『俺は親の呪縛から結局逃れられなかったんだ』ってね」
その話を聞いた時、信二がどうして心中を企てるような人だったのかを知った。隆子の知っている信二は、心中はおろか、自らの手で、自分の命を粗末にするような人だとは思えなかったからだ。
信二がゆかり先輩に隆子のことを話したのかと思うと、少しビックリした。
隆子が、信二と付き合わないと決めたのは、信二は自分と付き合うような男性ではないということを感じたからだった。
ゆかり先輩が信二と付き合うようになった理由は、先輩の中にあるトラウマが影響しているのかも知れない。
先輩が片想いでいた男性に似ているところがあったからなのか、それとも、自分の中にあるトラウマを払拭してくれる男性がいるとすれば、その時に出会った信二だけではないかと思ったからなのかも知れない。
片想いの相手が永遠のトラウマとなったのだから、ゆかり先輩にとって、信二も最初は片想いのようなものだったのかも知れない。
しかし、ゆかり先輩は押しに弱い方だった。信二が押しの強い男性であれば、ゆかり先輩が信二に「堕ちた」のも分かる気がする。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次