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隆子の三姉妹(後編)

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 一人で何でもこなせるよりも、協調して一つの大きなことをできる方が、会社にとってはありがたいからである。
 だが、隆子はそんな風には思っていない。確かに自分一人でこなさなければいけないと思うのは結構きついことだが、
――私だからできるんだ――
 という気持ちではなく、
――人と協調したくないから、自分でするしかない――
 という方が数倍きつい。しかし、それが隆子の中で強い意志となって現れれば、それは隆子のいいところであり、他の人にはマネのできないこととしてのかけがえのない長所なのだと隆子は感じていた。
 しかし、長所は短所と背中合わせ、一歩間違えれば長所も短所にならないとは限らない。まわりから短所だと思われていることでも本人には長所としか思えないことであれば、やはりそれは長所なのではないかと、隆子は思うのだった。人によって考え方は違うものだが、本人が考えることは一つである。そう思うことが自分を信じることだと思うのだ。
 そんな隆子は、まわりの人を信じることは今も昔もほとんどなかった。特に全幅の信頼を置いていた人と言えば、ゆかり先輩だけで、今、どうして隆子はゆかり先輩の何を好きになったのか、今さらのように思い出そうとしていた。
 ゆかり先輩には、以前付き合っていた男性がいたという。
「私はその人のことが好きで好きでたまらなかったのよ。私のような女でもいいって言ってくれた男性はその人だけだったの。でも、その人には、心の中に思っている女性がいたのよ。その人は私に対して、隠し事は一切なかった。だから、そのことも知っていたの」
「いい人だったんですね」
「ええ、私があの人のことを好きになった一番の理由は、『僕は不器用だから、思っていることは相手にすぐに分かっちゃうんだ、だから、それなら最初に言っちゃおうって思うようになってね』と言ってくれたの、彼がそう言いながら笑ったので、私も思わず微笑み返したの。その時に、吹いてきた風が気持ちよくて、それで好きになったのよ。風が気持ちを押してくれたような感じなんだけど、おかしいでしょう? これが私の考え方なのよ」
 ゆかり先輩なら、そんな男性を好きになる理由も分かる気がした。
 隆子は、そんなゆかり先輩だから、自分が好きになったのだと思っている。
「それでね、その人が好きだった女性に対しては、片想いだったらしいの。片想いの辛さもいろいろ話してくれたわ。片想いで何が辛いか分かる?」
「いえ、分からないですけど」
「ということは、隆子ちゃんは片想いの経験がないということ?」
 片想いの経験がない女性などいないというのが隆子の基本的な考え方だった。先輩の言葉に少しムッとしたが、
「そんなことはありません」
 と少し強い口調で言うと、ゆかり先輩はニッコリと笑って
「じゃあ、隆子ちゃんは、好きな人に片想いを知られたくないと思う方?」
 少し考えた。実際にあまり深く考えたことのなかったことだからである。
「そうですね。知られたくないと思うかも知れませんね」
「ということは、それほど強く知られたくないと思わない方なのね。きっと知られると恥かしいという程度のことなんでしょうね」
 確かに先輩のいう通りである、隆子は先輩の話に対し、次第に引き込まれていくのを感じていた。先輩は続けた。
「片想いというのは、本当に相手に知られたくないと思う時、これが一番辛いものなのよ。それは私も感じたことがあるから分かるの」
「私は、さすがにそこまで感じたことはなかったわ」
 と、隆子がいうと、
「じゃあ、その人が彼女のどこが好きだって言っていたと思う?」
「難しいですね」
「その女性は、男女問わずに、まわりからすぐになつかれる性格だったらしいのよ。たとえば、初対面から二、三度目で、下の名前で呼ばれるようになったり、一緒にいても、軽く肘打ちをされて、『分かるでしょう?』なんて言われるほど、すぐに相手に馴染んでしまう。または相手が馴染んでくるようなそんな女性だったんだって。、でも彼が片想いだったのは、自分に勇気がなかったからだというだけではなかったのよね。私には彼から言われなくても、気持ちは分かったわ」
「どうしてなの?」
「それはね。男女問わずにすぐに馴染めるということは、優しい態度を取るのは自分にだけではないかも知れないって思っちゃうことなの、だから、それ以上仲良くなるのが怖いのかも知れないわね。適度な距離がいいという人がいるけど、そういうことなのかも知れないわ。そういう意味で打ち明けられないことの本当の理由は、彼に勇気がないからだって言えるんでしょうね」
「じゃあ、ずっと片想いだったんですか?」
「そうね、結局何の言えないまま終わってしまった。それが彼には自分の中にトラウマを作ってしまう結果を産んだ」
「まるで永遠にトラウマが解けないような言い方ですけど、どうしてそこまで?」
「彼はその時知らなかったらしいんだけど、彼女の命はそんなに長くなかったらしいの。彼女ももちろん、そんなことは知らなかった。でも、サナトリウムに入院したことで、そのことが分かったようで、彼は結局彼女に合わせる顔がなくなったみたいで、お見舞いにいく勇気がなかったと言っているのよ」
「悲しいお話ですね」
「悲しい……。確かにそうね。でも、一体誰に対して、誰がどう悲しいのかしら? 私は悲しいという言葉はその時の状況に使うべきではないような気がするのよ。隆子ちゃんには分からないような気がするんだけど……」
 確かに、その話は先輩が聞いたことで、それを又聞きして、それを理解しようとするには難しさを孕んだ問題だ。だが、隆子は何となく分かる気がした。そして、隆子が感じている思いと、先輩が感じていることも若干違っているような気もする。それだけ、先輩は相手の男性に近い場所にいたのだと思う。
 少し相手の男性が羨ましく感じられたが、それよりも、自分の入りこめない世界が二人の間には存在していることを感じた。ただ、先輩も同じことを考えているのかも知れない。そう思うと、先輩と隆子と、どちらが苛立ちが強いのか、隆子には分からない気がしてきた。
――ひょっとすると、私の方が強いように思うわ――
 そう感じていたのだ。
「それでね。その人は、自分の殻に閉じこもってしまったの。それがどれほど辛いものなのかって彼のことばかりを考えている時期が続いたの」
「……」
 先輩が、相手のことを思えば思うほど、隆子は聞いているのが辛くなってきたのを感じた。
「でも、気付いたの。本当に辛いのは彼よりも、私の方じゃないかってね。それはきっと自分が女性だということで、彼が好きだった彼女の立場に立って考える気持ちが強すぎるってね。入れ込みすぎると、我を失うって聞いたことがあるけど、まさか、それが人を介して、他の人の気持ちが自分に乗り移るなんて、想像もしていなかったわ」
 この話で少し隆子の溜飲が下がったのを感じた。
――だから私は先輩のことが好きなんだ――
 隆子の気持ちに逆らうことなく、今までもそうだったように、ベストのタイミングで離れそうになっている感情が元に戻ってくる。これほど素晴らしいタイミングもないものだった。
 隆子は先輩のことを再度思った。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次