隆子の三姉妹(後編)
それは頭でっかちな感覚が、由美を支配しているからであって、それまで姉妹たちに支配される中、まわりを見た時、解放された感覚を感じたからだった。しかし実際には姉たちから守られていて、表に出ることが危険を孕んでいることの裏返しであると思い知らされると、却って、今までの考え方が、どこか「お嬢さん」だったことに気付かされる。姉たちから独立したいと思うより、姉たちにはない自分を出すことで、由美という人間性が個性となって醸し出されることを知ったのである。
だが、しょせんは今まで大切に守られてきた身体、見る人が見れば、すぐに看破される。それでもゆかりは、由美の中に懐かしさを見つけた。それは隆子のイメージと重なるところがあったからだ。
隆子も純情だったが、由美もさらに純情だ。口は隆子よりも達者で、口の利き方にも問題があったが、それでもどこか隆子と大切なところで共通点がある。すぐに分からないところも、ゆかりの中で闘争心を湧きあがわせた。付き合いがいがあるというものである。
純情な性格に対しての闘争心は、ゆかりが生きていく上での一番の原動力だった。
「ゆかりが死を選んだのは、その闘争心がなくなってしまったのが原因なのかも知れないわ」
ゆかりの闘争心に気が付いていたのは、由美だけだった。
隆子は確かに賢い。由美に比べてもその賢さでは引けを取ることは絶対にない。しかし、貸し後過ぎると考え方にも融通が利かないというべきか、隆子には、どうしても受け身なところや、奇抜な発想が、由美に比べると欠けている。そのため、由美には発想できても、隆子には発想できないことも少なくなかった。しかし、隆子には由美にはない素晴らしいところがあった。それが決断力というもので、由美には決断できないことでも隆子にはできてしまう。それが長女と末っ子尾という環境で育った違いであった。
ただ、由美はそのことは分かっていた。分かっていて、自分が隆子に頭が上がらない、そして優位性を持つことができない理由がそこにあるということを、ゆかりという女性を通すことによって知ったのだ。
決断力の強い隆子だったが、ゆかりと別れた時期に関しては、
「あれで本当によかったのだろうか?」
としばらく悩んだ。自分でも決断力に関しては悪い方ではないと思っていた隆子だっただけに、別れの時期への疑念は、隆子らしくなかった。だが、それでも、時間が経つにつれ、
「やはり、あれでよかったんだ」
と思うようになった。要するに自分の中にある自信を取り戻しただけなのだが、それも自分自身の精神状態によるものであり、自信さえ持てれば、隆子の判断力に死角はないということである。
由美はそれでも、隆子がゆかりの死の原因については、
「そう簡単に分かってたまるものですか」
と、思うようになっていた。
確かに日記の中に書いてある「もう一人の自分」という存在に怯えているのは間違いないことだが、それ以外に闘争心の欠如が原因だとは思いもしないだろう。特に隆子はその闘争心の存在すら分かっていないふしがある、それだけに、隆子は由美に大きく水を開けられているのかも知れない。
ゆかりの墓に日記を入れておいたのもわざとである。
ゆかりの自殺の原因の一つをわざと教えておいて、それでどこまで隆子が気付くかということを確かめたかった。一つを知ることで、もう一つを知る糧にするか、それとも、却って惑うことになるか、隆子を試してみようと思ったことに違いはなかった。
ゆかりの中にあった闘争心を一番受け継いだのは、由美だったのかも知れない。いや、ゆかりが死んだことで、ゆかりが誰かに託したかった闘争心の存在を由美が知っていたことで、ゆかりの思い通りに由美が受け継いでくれたことを、あの世からちゃんと見ているだろうか? 由美はゆかりに託された日記を、ゆかりの形見として持っていながら、自分へのゆかりの思いの警鐘と、その闘争心を使う絶好の相手が、ゆかりのかつての相手であり、しかも自分の姉である隆子であることに、
「相手にとって不足なし」
と思っていたことだろう。
ゆかりが自殺を企てることを、由美はウスウス感じていたのかも知れない。隆子のようにゆかりがいなくなったことで、自分の中にショックを感じたわけでもない。確かにゆかりがいなくなってポッカリと穴が空いてしまったことは否めないと思っている。だが、空いた穴を意識することがないのは、隆子のように後悔を残したからではないだろう。
「ゆかりさんのことは、私が一番よく分かっている」
自殺さえも分かっていて、しかもそれを止めることをしない。それはゆかりのことを一番分かっているという自負があるからで、他の人にはないものをゆかりも由美も、それぞれに求めてきた証拠だと思っている。
その証拠が、日記を託されたことではなかったか。それなのに、そのまま日記を自分で保持しておけばいいものを、何を思って、隆子の目に触れるようにしたのか、自分でも分からない。
「ゆかりさんの闘争心を知ってほしいと思ったからなのか、それとも今感じている後悔がどこから来るものなのか、隆子本人に自覚してほしいという思いからなのか、どちらかなんだろうな」
と、由美は思った。
由美はさすがに隆子が何に対して後悔しているかなど分かるわけではない。ゆかりは由美に隆子とのことを一切話すことがなかったからだ。もし、由美が隆子の妹でなければ、過去にゆかりが誰かと付き合っていたということも分からなかったに違いない。
「知らぬが仏というけど、本当は何も知らない方がよかったのかも知れないわ」
と思ったが、ゆかりと自分の間に後悔はないが、死んでしまったゆかりを想うと、隆子にもそれなりにゆかりのことを意識してもらわないと、浮かばれないという思いがあるのだ。
隆子は、由美に対して優位性を持っているくせに、時々恐ろしく感じることがあった。それは、由美の後ろに誰かを感じるからであって、その人の雰囲気がまったく知らない人であれば、別に意識をすることもないが、それが今までの自分に大きな影響を与えた人ではないかと思うと恐ろしくなる。
「ゆかり先輩?」
と思うこともあったが、すぐに打ち消した。
「まさかね」
いかにもまさかである。
隆子にとってゆかりは過去の人であり、今さらどんな影響を与えられなければいけないというのか。その時に、ゆかりの闘争心を感じたような気がしたが、闘争心がどこまで隆子を凌駕できるというのか、由美は他人事のような目で見ていたが、その心のうちは、ただ事ではなかった。
隆子は、ゆかり先輩の墓前で、由美が何かをしているのを見たことがあった。今考えてみると、あれが日記を隠しているところだったのかも知れない。
「最初から、私がゆかり先輩の日記を探しているのを知っていて、あそこに日記を隠したのかしら?」
と、由美がどこまで隆子を意識していて、隆子のことを知っているのか、どうしても気になってしまう。
もっとも、その時は由美だとは思わなかった。ゆかり先輩の墓前に花が飾ってあるのがどうしても気になって、誰がしたのか見て見たかったのだ。
その時は、信二の墓前にも花を手向けていた。
作品名:隆子の三姉妹(後編) 作家名:森本晃次